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広がるにじみと暴れるホース


この1年、スピナはこの工房で暮らしている。イブキはもう6年以上この場所に住んでおり、フェルの父に多くのことを学んできた。鍛冶職人としてではなく、旋盤や彫金に才を見出し、今はそちらに専念している。


スピナがこの場所に現れたのは、イブキが工房を継いだと知ったからだ。


フェルの父の顧客は彼に付いていたため、イブキとフェルにとっては新しい客層の獲得が必要だった。部品屋だけでは生活は難しいが、幸いこの街にはバイク乗りや自転車乗りが多く、修理の仕事に事欠かない。「最初は遊び半分だったんだけどさ、気づいたら腰据えちゃって」とスピナは笑う



ふとした疑問がスピナの口からこぼれた。

「親父さんは、二人に結婚してほしかったんじゃね?」


「あー……そういうことも考えはした」と答えるフェルは、思いのほか冷静だった。


「恋仲にはならなかったのか?」と問うスピナに、


「5年も一緒にいて、家族みたいなもんだよ。今更意識するもなぁ」とイブキが返す。


「色々悟りすぎだろ。もっとこうさ、あるじゃん。一緒にいたら」ぼやくスピナ。


「いいから、さっさと働け」フェルがボルトナットを投げつける。避けられることを前提に。


その時、リリがぽつりと聞いた。「結婚とは何ですか?」


スピナが「家族を作ること」と答えると、リリはさらに疑問を浮かべる。

「では、イブキさんとフェルさんは家族のように見えますが、結婚しているのですか?」




「いや、リリは人間よりよっぽど人間らしいこと言うよな。だから、わからなくなる。こないだの夜は“修理”だったのか?それとも“治療”だったのか?」

スパナを握る手に、ふと力が入る。

「ま、そこはイブキとフェルの担当だ。感情で動くのは、若いもんの仕事……」

目を細めて遠くを見やる。

「さて、大人の出番ってやつだな」

ひと息ついたスピナは、腰を上げて道具を片付けはじめた。

その間に、リリの姿が見えなくなっていた。

表で水やりか、ホースを出す音が聞こえる


「どこ行くんだ」と問いかけるイブキに、


「わからないところあるからクライアント様に聞いてくるよ。ついでに夕飯も買ってくる」

スピナが軽く手を振って扉を開けると、ちょうどホースを構えたリリがこちらを振り返った。


「行ってらっしゃい、スピナさん」

明るい声とともに、水しぶきがキラキラと宙を舞った。

本人のほうが水をかけられたように濡れている。

白いブラウスも、ホットパンツも、体に張り付くほどびしょ濡れだった。


「……おまえ、ちょっと濡れすぎじゃないか?」

「水撒きですから」

当たり前のように答える顔は、わずかに目を細めた。風が吹いて、濡れた髪が頬に貼りつく。

スピナは言葉を飲み込んだ。

「……あー、うん。気をつけてな」

「はい」

「ほんとに気をつけろよ、風邪ひくなよ?」

「大丈夫です」


挿絵(By みてみん)


水しぶきがスピナの髪にもかかり、リリの笑顔が滲む。

ふと“リグレイン”という言葉も滲んだ。

風邪をひく機械なんてあるわけないのに。

そう思いながら、スピナは小さく苦笑した。




スピナは、機械は機械だと割り切っていた。

リリも、そのはずだった。人工の存在に線を引くのは、簡単なはずだった。


けれど、その笑顔を前にすると、ふとした瞬間に境界が揺らぐ。

それが、人間のように“見える”からなのか。

それとも、自分が“見たくないもの”を、見始めてしまったのか。


――あいつを見ていたときは、知らなかった感情だった。

スピナは、それを黙って心の奥にしまった。


カイヅカの年長者であることに、スピナは多少の誇りを持っている。

フェルの実年齢は分からないが、それでも自分が最年長だと思っている。

「汚れ仕事は年長者の勤めってね」

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

本日は17時にもう1話アップします


本作は毎日更新を目標に、少しずつ蒸気の街ノアの物語を広げていきます。

挿絵も多めに入れていく予定ですので、ビジュアルでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


もし「続きが気になるな」と思っていただけたら、ブックマークや応援してもらえると励みになります!


ではまた、明日の17時にお会いしましょう。


――作者より

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