ガールズトークとセコンドと
「ガールズトークをしましょう!」
今日の〈カイヅカ〉の最初の来客は、いつも元気なスナック〈茜〉の看板娘――リョウだった。
バイクの整備に没頭していたイブキとスピナは、彼女の突然の宣言にぽかんと口を開けたまま手を止める。
「あ、リョウだ」とフェルは軽く手を振る。
リリはというと、“ガールズトーク”の意味が分かっていないらしく、首をかしげている。
「てことで、二人借りてくわよ!」
返事も聞かず、リョウはフェルとリリの手を引いて、
あっという間に路地の向こうへと姿を消していった。
「私、リョウ! スナック茜の店員よ。昨日も会ったわよね?」
「まあ知ってるよ。バンビの名物セコンドでしょ」
「それは否定しないけど……なにその覚え方」リョウは少し照れたように頬をかいた。
「それより、あなた! 初めて見る顔ね、美人! ナイス太もも!」
やけに元気な第一印象に、フェルは“帰ろうか”と本気で迷う。だが、リリはまったく気にせず答えた。
「リリです」
「リリちゃんね。いや、リリ! よろしく!」
初対面とは思えない距離の詰め方――リョウらしいと言えば、らしい。
「それで、リリって……リグレインなの?」
あまりにストレートな問いに、フェルがむせそうになる。
「リグレインとは、なんでしょうか」
リリはまったく悪気もなく、淡々と返す。どうやら本当に意味が分かっていないらしい。
フェルも最初こそ警戒していたが、あまりに普通の女の子として過ごしているリリに、最近では“リリはリリ”という認識で落ち着いている。
「どうなの、フェル?」リョウがまたも無遠慮に聞いてくる。
「うーん……私らもよく分かんない。でもリグオンじゃないのは確か。
こないだだって、私のためにアイゼンの部下をぶっ飛ばしたんだ」
“私のために”というのが重要だ。
あの時、リリは攻撃を受けていなかった。反応でも防衛でもない。明らかに“守ろうとした”。
「フェルを守ろうとしたんだ?」とリョウが問えば、
「当然です」リリは即答する。
フェルの胸の奥が、少しくすぐったくなる。そんな風に言われて、嬉しくないはずがなかった。
「そっか、リグレインなんだ。伝説のオーパーツってやつね」
リョウは一人納得したようにうなずくが、次の瞬間――
「で、何食べる?」
フェルは肩透かしを食らった気分だった。
商店街を抜け、公園近くの屋台で串焼きを買う。
ベンチで食べながらの続きのトーク。リリは「いらない」と言って水だけを受け取った。
「食べると思って2本買ってしまった。フェルいる?」少し困るリョウがいる。
「私も自分のあるし2本もいらない。バンビへ土産にしたら?」フェルも食べ始める。
「リグレインって管理されてるって聞いたけど、逃げてきたの?」
遠慮がないリョウだが、それはフェルも気になる。
「この街には見覚えがありません。もっと何もない場所にいた気がします」
どうやらリリは、どこか遠く――あるいは閉ざされた施設にいたのだろう。
「ごめん、質問ばかりで。リリは逆に聞きたいこととか、ないの?」
話題を変えるリョウに、リリは少し考えて――
「では、“セコンド”とは何ですか?」
なるほど、朝の会話が気になっていたらしい。
「セコンドはね、闘技場で戦う選手のサポートをする人のことよ」
「闘技場?」
またしても会話がずれた。
「バンビが戦う時、私がセコンドをすることがあるんだけど」
串焼きを食べ終えたリョウは、立ち上がって言った。
「今夜空いてる? 実際に見にいこうよ。話すより、見た方が早いから」
リョウは串焼きを2本とも食べ切っていた。
夕方。あの後も一日、リョウに振り回された――いや、楽しんだのだから、
フェルに至っては振り回した側かもしれない。
無遠慮なリョウのおかげで、リリについていろいろなことが分かった。
まず、水以外のものを摂取しないという。リグレインである以上、何かしらのエネルギー源は必要だと思われるが、今のところ固形物はまだ受けつけないようだった。
胸の穴は、誰かにあけられたものらしい。
けれど、それ以外の怪我や損傷は確認できなかった。
よほどの凄腕にやられたのか、それともーー
リリは完全な独りではなかったようで、育ててくれた誰かがいたらしい。
ただ、会話の相手として覚えているのは――赤い髪の少女、ただ一人。
研究機関のような場所に閉じ込められていた可能性もある。
それ以上のことは、リリ自身もよく分かっていないようだった。
他にもたくさんのことを知った。だが何より印象的だったのは、
リリが“ノアの常識”というものをまったく知らなかったことだ。
だから今日の一日は、彼女の正体探しというよりも、生活の基礎知識を教え込む時間になった。
リョウとフェルで交互に、時に一緒に、時に笑いながら――やや偏った内容になったかもしれないが、
きっと後でイブキが修正してくれる。……スピナには、あまり期待していない。
最後に、リョウが衣服の安くておしゃれな店を案内してくれた。
リリは買い物を楽しんでいたように見えた。新しい服を試しながら、
遠慮がちに笑うその姿に、フェルはふと――人間の少女と変わらないものを感じていた。
そして、気づけば夕暮れ。陽が沈みかけたノアの街を背に、彼女たちは少し汗ばみながら笑っていた。まるで、当たり前の少女たちの午後のように。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
本日から朝7時投稿に変更いたしました。少しずつ蒸気の街ノアの物語を広げていきます。
挿絵も多めに入れていく予定ですので、ビジュアルでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
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ではまた、明日の7時にお会いしましょう。
――作者より