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リョウとバンビと飲屋街

 重厚な観音開きの鉄扉が朝日に照らされる。その上には、大金槌とバスターソードが交差した無骨な看板が掲げられ、中央には《カイヅカ》の名が燻んだ真鍮文字で浮かんでいる。

 長屋風の商館が連なる商店街の一角――石造り三階建ての古い職人棟の右半分、それが彼らの工房だった。


黒いバイクにまたがったナツメが、工房の前にバイクを止めた。

ゴーグル越しにこちらを見やり、小さく手を上げる。


「お迎えに上がりました。準備は、いいですか?」


イブキが軽くうなずくと、ナツメはバイクを降りた。

黒いミニスカートの裾が、朝の冷気に揺れ、引き締まった太ももがわずかに覗く。

「行こうか」

リリは、ひとつ小さくうなずいた。


鉄の扉がバタン、と重々しい音を立てて閉まる。

朝の蒸気に包まれながら、彼らはオオタの屋敷へと向かった。


 


 蒸気が立ちこめる早朝の通りを、ナツメとイブキが前を歩き、そしてリリとフェルとスピナの三人が続く。

 まだ開店前の店が多いものの、蒸気の湯気が漏れる配管の音や、どこかでパンを焼く匂いが鼻をくすぐる。道端には荷車が止まり、店先の支度が始まりつつあった。ドワーフの鍛冶屋、獣人の八百屋、衣料品の行商人たちが、忙しなく動いている。

工場街へ向かう人達の朝食ができる店も繁盛している。


 「こうして歩くと……やっぱり、いい通りだな」

 イブキがぽつりと漏らす。蒸気の中に微かに漂う油と炭の匂いが、彼の鼻腔をくすぐる。


 少し先、喫茶店と花屋が隣り合っている。花屋はナツメのもう一つの“顔”だ。木製の看板に白い塗料で花の絵が描かれ、窓辺に並ぶ鉢植えが朝露に濡れている。


 その隣の喫茶店では、まだカーテンの奥で小さなランプが揺れていた。


 花屋と喫茶店の前を通り過ぎ、路地をひとつ外れると、景色が一変する。


 日差しの届きにくい裏通り。

 石畳の色が濃く、湿気を吸い込んだ壁には苔が生え、看板の文字はどこか色あせていた。だがその分、生活の息遣いが強く残っている。ここは飲み屋街。


 昼間は静かなこの通りも、夜には酔客で賑わいを見せる。

 リングを備えた《ナックル》という名の酒場では、昼間は獣人たちが模擬試合を繰り広げている。窓越しに漏れ聞こえる掛け声と、蒸気ギアの作動音が混ざり合っていた。


 さらに奥には、スナック《アカネ》。古びた看板が静かに揺れる店の奥、キッチンではバンビが仕込みをしていた。筋肉の塊のような若い男。腕っぷしで酒場のゴロツキを黙らせる力を持ちながら、手先は驚くほど繊細だった。煮物、漬物、――すべて無駄のない動きで作り置きしていく。手元の包丁とまな板の音だけが、静かに空間を支配していた。


 カウンターの向こう側。リョウが申し訳程度にテーブルを拭いていた。十五歳ほどだろうか。

 流行のコルセットとホットパンツ、胸元を締め上げるベルトとサスペンダーで、まだ成長途中の体を必要以上に主張する。腰にぶら下げた複数の蒸気メーターは、飾りでしかないが、彼女にとっては大事な“武装”だった。


 ヴェルミリオン地区のファッションに身を包み、彼女は今日も無愛想に雑巾を動かす。

 リョウは、数年前に家を失ったあと、アカネに拾われた。誰彼構わず喧嘩腰になる癖だけが抜けず、バンビはいつも目を離せずにいた。


 ナツメ――花屋の配達人であり、どこか影を抱えた少女。そのナツメには、なぜかよく懐いている。口をきくとすぐに喧嘩腰になるリョウが、ナツメには小動物のように懐き、視線だけでついて回る様子を、バンビは呆れつつも微笑ましく思っていた。





 「このまま裏通り抜けると、屋敷まで早いですよ」

 ナツメがそう言うとスナックの扉が開く。

 「あれ、ナツメじゃん」

 リョウが軽く声をかける。口調はぞんざいだが、どこか親しげだ。


 ナツメは少し足を止めると、いつもの笑顔で「おはよう」とだけ返した。

 視線をわずかにそらしながら、リョウの顔は見ない。だが、ほんの少し緩む。


 「お友達連れてどこ行くの? てか……その人たち、カイヅカの人でしょ」

 リョウが顎でイブキとフェルとスピナを指す。3人とも突然話しかけられて驚いたように立ち止まった。


 「オオタさんの屋敷まで案内してる。お得意様の用事」

 ナツメは簡潔に答えた。視線は前のまま。


 リョウは眉を上げる。

「いってらっしゃい。カイヅカの人も今度お茶しようね」


声をかけた後にもう一人いることにリョウは気がつく。

もう一人、見知らぬ少女がいたことに。濡れた金髪に、無表情な蒼い瞳――その少女の名をリョウはまだ知らない。


 ナツメたちはすでに歩き出しており、その姿は遠ざかっていく。


 「あの子、なんて名前だろ」


 ぽつりとそう呟いて、リョウはゆっくりと扉を閉めた。

 蒸気の匂いが残る空気の中に、彼女の思考だけが揺れていた。




  商店街を北へ進むにつれ、通りの空気がゆっくりと変わっていく。


挿絵(By みてみん)

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

挿絵はAIに描いてもらってます。この小説ボブ率高くて 並べるとわからなくなりますね。

一応理由はある。と言う事にしておきましょう。


本作は毎日17時更新を目標に、少しずつ蒸気の街ノアの物語を広げていきます。

挿絵も多めに入れていく予定ですので、ビジュアルでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


もし「続きが気になるな」と思っていただけたら、ブックマークや応援してもらえると励みになります!


ではまた、明日の17時にお会いしましょう。


――作者より

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