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揉め事とフェルとリリと


ヴェルミリオンのから蒸気機関車に乗りリリとフェルはフォージへ戻る。


商館街のはずれにある駅舎は、小さな蒸気機関車の発着場にすぎない。

夜になるとその存在感は薄れ、蒸気と霧に包まれて、ただぼんやりと明かりを灯しているだけだった。


環状線――ノアの街をぐるりと囲むように走る鉄道。

古いが頑丈な路線だ。今はイーストフォージとヴェルミリオンを直線で結ぶ新たな鉄道工事が進んでおり、駅の周囲には重機と資材が山積みにされている。


未来の新駅予定地。昼間は工事の音で賑わっているはずのその場所も、夜更けには人気がなく、ひどく寒々しい。


リリは、ふっと空を仰いだ。蒸気と雨上がりの湿った空気が重たく肌にまとわりつく。


鉄と油の匂い。遠くで汽笛の音が短く鳴った。


工事現場を抜け、小道に差しかかったときだった。


ギギギ、と耳障りな音を立てて蒸気バイクが路地を塞ぐように止まった。


リリとフェルは足を止める。


バイクは数台。そして、見覚えのある半端者たちが、それにまたがっていた。


アイゼン率いるバイク集団。マフィアには属さない、はみ出し者のチンピラたちだ。

今夜はボスのアイゼン自身は見当たらない。だが、不穏な空気は隠しようもない。


バイクのエンジンを吹かしながら、男たちはにやついた顔でリリたちを見下ろす。


「おい、そこの姉ちゃん。見ねぇ顔だな」


ひとりがリリに手を伸ばそうとする。

フェルが素早く前に出た。


ガツッ!


男の手首を跳ね上げるように、フェルの足が蹴り上げられる。 男はバイクごとバランスを崩した。


「テメェ……!」


バイクから降りかけた別のチンピラが、怒声を上げ、フェルに殴りかかろうとする。


次の瞬間だった。


リリが、すっとフェルの前に立った。なめらかで、無駄のない動き。


襟首を掴み、軽々と投げる。 まるで風吹かれた紙屑のように、チンピラは地面に転がる。


バイク倒れる音が響く。


リリは追撃しない。ただフェルのそばに戻り、小さく手を差し伸べた。


「大丈夫ですか」


その声は、驚くほど柔らかかった。


男を軽々と投げ飛ばした少女のものとは思えぬ、優しい口調。


ガンッ!


突如、リリの背中に鉄の塊が叩きつけられる。チンピラのひとりが手にしていたただの鉄パイプ。


普通の少女であれば、即座に倒れ込むほどの衝撃だったろう。だが、リリは一歩も動かなかった。


まるで叩かれた事実すら感じていないかのように。


ゆっくりと振り向く。リリの手が、無言で突き出された。


――ドゴッ。


拳ではない。掌打ですらない。ただ手を当てただけのような動き。


今度はチンピラは飛ばない。衝撃を飛ばして逃すこともできない重い一撃に、チンピラは呻き声と共に崩れ落ちる。もう誰も、手出しできなかった。


周囲を見渡し、フェルが小さく「まずい」と呟く。 騒ぎに気づいた誰かが、遠くからこちらを見ている。


「逃げるよ!」


フェルがリリの手を掴み、走り出す。リリは少し戸惑ったが、すぐにケイの手に従い走り始める。


夜の街に、ふたりの足音が響き、やがて街の雑踏へと紛れていった。


――


遠くで静かにバイクを止める影があった。ゴーグルの下で、鋭く光る眼差し。

ゆっくりと、黒いバイクから降り立つ。


(……余計な真似を)

いつもの笑顔はなく 少しイラついた顔をみせるナツメの姿があった。



──


工房へ戻ると、イブキとスピナが作業台を囲んで金属を加工していた。


店の扉を閉め、簡単に鍵をかける。


「なんだ慌てて」


スピナが振り返る。


「チンピラに絡まれた。リリが……ちょっと、すごくてな」


フェルが苦笑まじりに話し始めると、イブキは興味半分、疑い半分といった表情で耳を傾けた。


「リグレインなら、それぐらいしてもおかしくないかもな」


スピナがニヤリと笑う。


ノアでは、リグレインという存在は伝説のように知られていた。

たまに企業が持っているリグオンとは違う。

人を超えた存在であり、過去人によって作られたであろう機械人形。

それは今のノアでは再現できない技術でありオーパーツとして扱われ、

いつしかリグレインと呼ばれる存在となった。


この都市自体も、世代が変わる政権の中でも中心で指示を出す存在。

グリシーヌと呼ばれるリグレインにより支えられている。

ただ、グリシーヌは"強い"とは聞かない。


戦闘能力に関して語られるのは、かつて猟犬部隊にいたクロノだ。

戦争時リグレインとしてを戦果を上げたクロノは、突如姿を消し猟犬部隊は解体された。

その謎めいた事実はクロノを悲劇のヒロインとして祭り上げている。


事実はわからないが、今でもクロノのコスプレをしたアイドルが存在するほど、

その名は根強い人気を誇っていた。


「リグレインはみんな強いのか?」


イブキがぼそりと呟く。


スピナは笑う。


「さあな。でも、悪くない感じだぜ」


──


夜が更けていく。


工房の片隅でラジオが流れている。


『ノアの夜空に、蒸気と奇跡を。眠る前に、優しい歌をどうぞ』


フェルが繁華街で買ってきたチキンサンドをテーブルに並べる。

リリには、水が用意された。


イブキが、ふと思い出す。


「そういや、レーザーアーマー……修理してもらったんだったな」


「ジョグの店か?」


スピナが顔を上げる。


「あそこ、安いけど腕いいんだよな」


破けた太もも部分はホットパンツのようになっていたが、ファッションとしては悪くない。

むしろ、太ももが露出している分、動きやすそうに見えた。


胸の部分は、以前よりも分厚いレザーで補強されている。戦闘を考えた防御設計だろう。

リリは新しいレザーアーマーに着替え、フェルが買ってくれた白いコートを羽織った。


それを見て、タクとスピナとケイが、口々に言う。


「似合う!」

「いい感じだ!」

「おお……いいね!」


リリは少し戸惑いながらも、小さくうなずいた。


笑い声と蒸気の音が、夜の工房に溶けていった。





工房の屋上に上がると、涼しい風が頬を撫でた。


リリとケイは、並んで腰を下ろしている。

昼間に買ったシャツを着たフェルは、まだ新品の布地に少しだけ馴染めていない様子だった。

少し気恥ずかしい。


リリもフェルに買ってもらったワンピースを着ている。白地でフリルがついたワンピースは薄手のそれはリリの背中機械部分をうっすら見せる。


「どう? 寒くない?」

フェルが隣で尋ねる。


リリは首を傾げ、夜風にそよぐシャツの裾を押さえながら、静かに首を振った。


「外を歩くには不向きな服だったね。まぁ部屋着で使ってよ」


フェルはそう言いながら、リリを見る。リグレインが存在することは確認されているが、

その全部を知る人は少ない。だが、修理工程で中身もその力の一部をフェルは見てきた。

そして胸から背中へのコルセットのように機械が覆う。


明らかに人ではな部分をフェルは見てきた。



それでも月に照らされた少女はただの人間にしか見えなかった。





屋上からは、ノアの街が一望できた。


遠くには、無数の煙突が立ち並ぶ工場地帯。

蒸気の白い帯が、夜空に向かってゆっくりと立ち上っていく。


手前には、歓楽街の喧騒。

灯りに照らされた屋台の行列。

獣人たちが笑い合い、ドワーフたちが樽を囲んで酒を飲み、

若者たちが蒸気バイクで夜を駆け抜け、

闘技場からは絶えず歓声が聞こえてくる。


それぞれが、思い思いの夜を楽しんでいた。


リリは、黙ってその景色を見つめている。


新しいシャツの袖を指先でいじりながら、時折、夜空を見上げた。

フェルもまた、無言で隣に座り、同じ夜景を眺めた。


蒸気のにおい。遠く響く汽笛。街の鼓動が、夜風に乗って聞こえてくる。


リリの肩に、そっと夜の冷気が降りてくる。

だが、彼女は震えもせず、ただ静かに、そこにいた。


ふと、どこかの建物からラジオの音が漏れてきた。


『お届けしました、セラの"スチームデイズ"、今日の放送はここまで。

この後は──"ミッドナイト・ノア"、ちょっとディープな夜のニュースをお送りします』


明るかったセラの声はフェードアウトし、代わりに落ち着いた女性の声が夜に溶け込んでいく。


街は眠らない。

だが、今この瞬間だけは、静かだった。


リリは胸元に手を当て、小さく息を吐く。胸元には白いユリの飾りビス。


その胸の奥で、まだ小さな、けれど確かな音が──カチリ、カチリと鳴っていた。

一度は壊れかけた歯車たちが、3人の手によって再び回り始めた。


今日という一日が、また、終わろうとしている。


そして、また、明日が始まる。



挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

挿絵はAI画像です。背中から機械が見えると言ったらこうなりました。

もったいないので貼っておきます。


本作は毎日17時更新を目標に、少しずつ蒸気の街ノアの物語を広げていきます。

挿絵も多めに入れていく予定ですので、ビジュアルでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


もし「続きが気になるな」と思っていただけたら、ブックマークや応援してもらえると励みになります!


ではまた、明日の17時にお会いしましょう。


――作者より

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