第6話「旅路の途中で、芸人は考える」
今日は戦いも事件もなし。ただ、空とパンと静かな時間。
たまには“勇者ごっこ”も休みでいいよな。
【○月◇日】天気:くもり時々にゃあ
今日は戦わなかった。
珍しく静かな日。そう、旅の途中にだって“休憩回”は必要だ。
目的地に向かう道中、森沿いの草原に腰を下ろし、
パンをかじりながら空を眺める。
隣にはエミリアが無言で大剣の手入れをしていて、
肩の上にはニアが昼寝してる。小さくいびきかいてる。にゃーすぴー。
風が気持ちいい。
こんな日は、あんまり“勇者”とか“伝説”とか、考えたくなくなる。
「なあ、エミリア」
「はい、勇者様!」
「だからその呼び方やめろって……」
「では、“大いなる方”で!」
「悪化してんじゃん!!」
「……あのさ。俺、ほんとにただの旅芸人なんだよ。ナイフも、芸用だし。剣も魔法も、人並み。むしろちょっと苦手寄り。それでも、お前は“勇者”だって思ってんのか?」
エミリアは手を止め、俺をまっすぐ見た。
その目に、迷いはなかった。
「たとえあなたが、自分を信じていなくても。わたくしは、命を救ってくれたあなたを信じます」
「いや、その“救った”のも偶然だって言ってるだろ」
「偶然でも、人を助けるのは勇者です」
……ズルいな、その言い方。
何も言い返せなかった俺の代わりに、ニアがあくびしながら口を開いた。
「ま、信じてくれるヤツがいるなら、利用しとけ。そういう“空気の流れ”ってのは、芸人にとっちゃ最大の武器だろ?」
「……芸人としての、空気か」
昔から、俺の芸は“技術”じゃなくて“間”と“雰囲気”で笑いを取るタイプだった。
盛り上がる空気を読んで、乗っかる。そういうノリ。
もしかして、今の“勇者扱い”ってのも、その延長線なんじゃないかって。
俺が“勇者に見える空気”の中にいるだけで。
実態なんか、どうでもいいんじゃないかって。
──まあ、悪くないかもな。
“伝説のインチキ勇者”ってのも、芸としては上等だ。
「よし、そろそろ行くか。演目の続きだ」
「旅路の続き、ですね!」
「……次はどんな“伝説”になるのやら」
ニアが小さく笑った気がした。
信じるって、意外と強い魔法なのかも。
俺は俺なりに、舞台の続きを演じていくさ。