第2話「ナイフ投げで魔物退治」
森に行ったら、伝説が一個できました。
本人はただの旅芸人(しかも事故)なんだけどなぁ。
【○月×日】天気:曇り(出発したら晴れた。タイミング良すぎ)
はい、森に行ってきました。
結果から言うと──また伝説が一つ、増えました。
まず、朝から村の人に見送られました。
「勇者様、お気をつけて!」
「我らが誇りよ!」
「できれば昼までにお願いします、夕飯の準備があるので!」
……プレッシャーがすごい。
そもそも俺、今日のスケジュールは“昼前にジャグリングの練習して、午後は昼寝”だったんだけど?
森は意外と静かだった。風の音と、鳥の声と、足元の枯れ葉を踏む音。
こういうの、旅芸人的には“舞台の静寂”ってやつで、嫌いじゃない。
で、問題のカーバンクル。いた。
ウサギというより、ハムスターが巨大化してピカピカしてる感じ。
目が合った。向こうもこっちを見てる。じーっと。
……間。
「うおああああああ!!!」
って、そっちが叫ぶんかーい!?
驚いた拍子に、ナイフが手から滑って、思わず投げてしまった。
そして──刺さった。
ピカッと光って、カーバンクルがバウンドするように逃げていった。
一目散に、全力で。すごいスピード。風になってた。
……いや、あの、たまたま当たっただけで、そんな。
で、戻ったら村が沸いた。
「やはり勇者様だ!」
「ナイフ一閃、光の加護!」
「森に輝く一条の希望!」
……え、今のでそんな詩的になる!?
光ってたの、カーバンクル側だからな!?俺じゃないぞ!?
でもまあ、結果的に森は安全になったし、子どもたちが薪拾いできるようになったらしいし、
宿屋の女将さんは特製シチューをくれたし、
ギルドからも「臨時冒険者認定証」なるものを渡された。いや登録してないって。
ちなみに、村の若者たちが即興で「勇者アルル伝説その一:光の森の神撃」という紙芝居を作り始めたらしい。
俺のナイフ投げ、すごいエフェクトで描かれてた。もはや魔法剣士扱い。
ふぅ。
まあ、笑顔が増えるなら、それでいいか。
芸人冥利に尽きる……ってやつだな。
でもさ。
「ナイフが刺さった方向、ピンポイントで急所でしたよね」とか、
「動きが、まるで計算されていたかのようでした」とか、
「そもそも森に入ってから、風の流れが味方してましたよね」とか、
黒猫みたいな子どもに言われて、なんかザワッとしたんだよな。
……いや、ないない。
偶然。全部、偶然。運が良かっただけ。
それでも──
ちょっとだけ、かっこよかったかもな、俺。
ナイフ?俺、何もしてません。
うっかり手が滑っただけです。