第1話「また間違えられた」
顔と名前が似てるだけで、今日も勇者に間違えられました。
俺はただの旅芸人──のはずなんだけどなぁ?
【○月×日】天気:晴れ(雲ひとつなし。逆に不安)
また間違えられた。
この旅を始めて、もう何度目だろうか。
馬車の御者からはじまり、宿屋の女将、ギルドの受付嬢、しまいには道端で寝転んでた子どもにまで「勇者様ですか!?」と叫ばれる始末。いや、違う。旅芸人です。ジャグリングと軽業とナイフ投げが主な仕事です。
……けど、分かってる。
この顔と名前が、色々とややこしいらしい。
俺の名前はアルル・リオン。
黒髪、黒目、ちょっと涼しげな顔立ち(らしい)──そして、十年前に世界を救った“伝説の勇者アルト・ライオンハート”に、めちゃくちゃ似てるらしい。名前もややこしい。
しかも、その勇者様も黒髪・黒目で、細身の剣を扱っていたとか。
こっちはただの芸人。木剣を小道具に使うだけ。
ナイフ?投げてるけど、リンゴに刺すだけ。
魔法?火起こしとライトくらいなら。
──それで世界を救えたら苦労しないっての。
でも今日もやって来た。新しい町。新しい勘違い。
町の入り口に立った瞬間、「おお、あのお姿は……!」って叫ばれて、あれよあれよという間に花束を渡され、祭囃子とともにパレードスタート。あのな?俺、昨日まで隣村で“おばけピエロ役”やってたんだけど。
「勇者様、どうかこの町にご加護を……!」
って言われたら、断れないのが性ってやつだ。
そんで、宿代タダ。飯もタダ。衣装は新品をプレゼントされた。
うん、最高じゃん。
俺、しばらくこの町にいようかな。
でも──
「勇者様!実は、北の森に魔物が出て……どうか、討伐をお願いできませんか!」
……ってくるよねぇ!!
「いやいや、俺は旅芸人で……」と一応断ってみたけど、
「旅芸も戦場の技に通じるというではありませんか!」とか、「勇者様がそんな謙遜を!」とか、もう誰も話を聞いちゃいねぇ。
でも、北の森に出たのは「カーバンクル」という魔物らしい。
ウサギの大きい版で、ちょっと光ってるだけの魔獣。
人は襲わないし、森に住みついてるだけなんだけど──
「子どもたちが怖がって森に近づけないんです」
「このままでは薪拾いができません」
「薪が拾えないと、シチューが作れません」
「シチューが作れないと、食卓が寒いです!」
……うん。よし、行ってくるわ。
俺が行けば、たぶん森の入口でナイフくるくるして歌でも歌えば、魔物の方が逃げるかもしれん。
芸人ナメんなよ?光るナイフと変なダンス、わりと効果あるんだから。
というわけで、明日は森に出発。
今日はシチューと寝床をありがとう。勇者様(仮)、満腹で就寝予定。
それにしても、「アルル様は、きっと勇者アルト様の生まれ変わりですよ」とか言われたのは、ちょっと気になった。
まさか、ね。
シチューのために森へ行くことになりました。
芸人のナイフ、案外使えるって知ってました?