第07話 桐ヶ谷 柚葉-きりがや ゆずは-
私は、柚葉の様子を見ていた。
──ああ、やっぱり。
彼女は焦っている。
わかりやすいくらいに。
柚葉は、霧野透花と秋月蓮が付き合っていたことが 許せなかった。
付き合っている間も、何かと突っかかり、嫌がらせを続けていた。
「霧野みたいなのが、なんで蓮君と……?」
裏では、友達にそう言っていた。
──そして、実際に行動に移した。
靴に画鋲。
ノートに「シネ」の落書き。
「お前に蓮くんはふさわしくない」と書かれた手紙。
執念深く、陰湿に。
蓮と別れた後は嫌がらせをやめたが、
それでも 柚葉はずっと透花を嫌っていた。
そして、彼女は言った。
「あの女なら、死んでもしょうがないよね。」
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─でも、今。
クラスの空気は変わっていく。
「いじめがあったんじゃない?」
「透花って、何か悩んでたのかな?」
「もしかして、誰かに何かされてたとか……?」
ふふふ……この声、聞こえてる?
ねえ、柚葉?
──疑われてるわよ?
「はぁ? ふざけんな。」
柚葉は舌打ちをした。
どうせ、こう思ってるんでしょ?
(アイツが勝手に死んだだけでしょ。)
でも、話はどんどん勝手に進んでいく。
「透花って、いじめられてた?」
「ノートに落書きとか、なんか噂あったよね?」
「SNSには、桐ヶ谷がいじめの犯人だって書いてるよ。」
ほらほら、柚葉。
気づかれちゃうよ。
あなたがしていたことが、みんなに バレちゃうよ。
──どうするの? ねえ?
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柚葉は、深く深呼吸をする。
そして、向かった先は篠宮のもと。
「……実は、私、ずっと透花にいじめられてました。」
静寂。
篠宮の表情が、わずかに固まる。
柚葉は、拳をぎゅっと握る。
その手、震えてるよ?
篠宮の前では堂々と話しているように見せかけて、
でも、その呼吸は浅い。
「……どんなことをされてたの?」
篠宮の静かな声が、柚葉に突き刺さる。
柚葉は、一瞬、言葉に詰まった。
考えている。
作っている。
「……あの子、私にずっと嫌味を言ってきて……」
「私が何かすると、すぐに文句を言ってきて……」
「……みんなの前で、私のことをバカにして……」
──あらあら。
言葉が 適当すぎる んじゃない?
「それで……辛かった?」
「……はい。」
篠宮は静かに頷く。
疑っているのか、信じているのか、表情は読めない。
でも、柚葉は もう引き返せない。
自分のしたことを隠すために、嘘をついた。
「だから、その仕返しとして、霧野の靴に画鋲を入れたり、ノートに落書きしてました。」
「私がやられた事を、そのままやり返したんです。」
「でも、こんなことになるなんて思ってなくて……私が原因だったらどうしよう。」
「私はいじめられてたけど、本当にあの子に死んでほしいなんて思ってなかった……」
──柚葉は、大げさに泣いて、涙を流し始める。
篠宮は、メモを取りながら静かに言った。
「こんなことを正直に話してくれてありがとう。」
「確かに、嫌がらせは霧野にとっては辛いことだったかもしれない。でも、きっと君のせいじゃない。」
──ほら、柚葉。
あなた、救われたわね?
柚葉は、小さく息を吐いた。
篠宮の表情を 探るように 見つめる。
そして、拳を握る。
(信じてもらえた。)
そんな 安堵の表情。
ふふふ……ほんと、最低な女。
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「……私は、悪くない……。」
柚葉の心が、乱れているのが よく見える。
でも、もう彼女は 引き返せない。
嘘をついた。
そして、それを 「真実」にするために、
彼女は 自分で自分を信じ込ませるしかない。
私は、ゆっくりと柚葉の隣に座る。
──誰もいないはずの隣の席。
でも、柚葉は ちらりとそこを見て、すぐに目を逸らした。
「霧野透花が私をいじめてた。」
「霧野透花が悪かった。」
「私は、ただやり返しただけ。」
小さく、小さく、呟くように繰り返す。
私は、そんな柚葉を見つめながら、静かに笑った。
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