第06話 夢咲 詩乃-ゆめさき しの-
「ねえ、詩乃。今どんな気持ち?」
私は、彼女のすぐそばに立ち、囁く。
もちろん、夢咲詩乃には聞こえない。だって、私は もう、この世にはいないんだから。
詩乃は、教室の隅でじっとしていた。
あの席には、誰も近づかないし、誰も座らない。
──当然よね。
ちらりと、あの席を見て、すぐに目を逸らす詩乃。
ふふ……いいの?
せっかく「悪者」にしたのにね。
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——詩乃は、物を盗む事で、鬱屈した感情を解消していた。
万引きはずっとやめられなかった。
そうね、それが彼女の生きがいだったから。
誰かの物をこっそりと奪うたびに、詩乃は満たされた気分になっていた。
彼女にとって、「盗む」という行為は、唯一の「私はここにいる」って証明だった。
「……やめなよ。」
ただ、それだけだった。
別に詩乃を責めたわけじゃない。
説教をしたかったわけでもない。
「私の勝手でしょ。バレなきゃいいじゃん。霧野みたいな優等生には、私の気持ちなんてわからないよ!」
詩乃の声は、どこか苛立っていた。
「……万引きを続けていると、いつかバレる日がくるよ。」
特に、正義感を振りかざしたわけでもなく、ただ、言葉にしただけ。
でも、それが詩乃にとっては「許せない」ことだった。
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そして、そのバレる日はすぐに来た。
ある木曜日の午前中。
店の人から呼ばれた担任の篠宮が、詩乃を問い詰めた。
「……私、やりたくなかったんです。」
「……でも、霧野さんに……やれって……言われました。」
その 嘘、よく出てきたね。
感心するよ。
篠宮の目が、じわりと変わる。
「霧野が……指示した……?」
「そんな子には見えなかったが……」
「なるほど、夢咲が言うなら、そうなんだな。」
何も知らないくせに。
──いい加減よね、大人って。
でも、詩乃。
あなた、ホッとしたでしょ?
自分の罪をなすりつけた瞬間。
全ての責任を押しつけた瞬間。
自殺したって聞いて、心の中で「助かった」って
思ったでしょ?
誰も真実を聞くことはできなくなった。
詩乃がついた嘘は、そのまま「真実」になっていく。
詩乃からその話を聞いた先生って、その後に
どうしたんだっけ?
あの会議を思い出す。
「何も相談はされていません。」
もしかして、忘れちゃったのかな?
でも、「俺のせいじゃない……」とか言ってたっけ?
ふふ、先生も「安心」したんじゃないかな。
「透花は、盗みを強要した。」
それが真実になり、誰にも知られずに、こうなったんだから。
私は、詩乃の震える肩を 愛おしげに 眺める。
ふふ。どうなの? 詩乃。
――私はあなたの心が知りたい。
ねぇ、
死んでよかったなぁ、なの?
バレなくてよかったなぁ、なの?
どちらが、あなたらしい答えなの?
反応いただけるとありがたいです。
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