第03話 秋月 蓮-あきづき れん-
誰もが普段通りを装いながら、それでいて、何かに取り憑かれたように、落ち着かない様子だった。
ざわめきは、止まらない。
「やっぱり自殺なのかな……?」
「ほら、ここに『いじめがあった』って書いてるよ。」
「でもさ、霧野を誰かいじめてたなんて聞いたことある?」
そんな噂話が、そこかしこで交わされる中──
秋月 蓮は、教室の隅で、誰とも話さずに座っていた。
目の端に映る、ぽつんと空いた席。
誰も座らず、誰も近寄らない。
そこにいるはずだった彼女の存在だけが、異様なほど際立っていた。
「秋月ってさ、霧野と付き合ってたんだよな?」
何気ない調子で、蓮の隣に座る席の寺原が言った。まるで、「昨日のドラマ見た?」とでも聞くように。
「……それがどうした?」
冷たく短い返答。
「いや、だってさ、別れたのってここ最近でしょ? それって関係あったりしないの?」
ただ面白がってるだけ。好奇心。興味本位。真実を知りたいんじゃない。ただの話のネタ。
生きている時には、誰も気にしなかったのに、
死んでしまった途端に、話題になるなんて──皮肉だね。
「なあ、秋月、霧野ってさ。別れたあと、なんか言ってた?」
──やめろ。
頭の奥で、記憶が蘇る。
あの時、彼女が何を言っていたのか。
最後に交わした言葉。
最後に見た、彼女の顔。
「……知らねえよ。」
強張った声が漏れる。
ふふっと微笑み、私は蓮に問いかける。
「ねえ、蓮、みんなが噂してるよ。」
「蓮はどう思ってるの?」
ただ、机を強く握りしめると、立ち上がり、そのまま教室を出ていった。
私は、蓮を追いかけていく。
校門の前で黒いカメラ、突きつけられるマイク、押し寄せる言葉。
その中心に――蓮がいた。
彼は眉をひそめ、口を固く結んでいる。
無遠慮な質問の嵐に晒されながら、彼は何も言わずに立っていた。
「秋月くん、霧野透花さんとは交際していたそうですね?」
「彼女と別れたことで、何か変化はありましたか?」
「彼女が亡くなる前に、何か兆候はありませんでしたか?」
「いじめがあったって聞いてるけど、本当は君と何かあったからじゃない?」
蓮の肩が、ほんのわずかに揺れた。
まるで、何かを耐えているように。
心の奥にある、触れてほしくない部分を
無遠慮な言葉が次々と抉っていく。
その様子を、私はじっと見ていた。
――ああ、いいなぁ。
胸の奥に、ぞわりとした感覚が広がる。
蓮の表情が苦痛に歪むたびに、冷たく甘い快感が背筋を這い上がる。
もっと苦しめ。
もっと後悔しろ。
蓮は唇を噛み俯く。
でも、その沈黙が、さらに彼を追い詰める。
「なぜ、何も言わないんですか?」
「あなたは、本当に何も知らないんですか?」
蓮の拳が震えた。
次の瞬間、彼は無理やり人をかき分け、マスコミの包囲から逃れようとした。
――でも、逃げられないよ。
私は静かに笑う。
蓮の目の前、数センチメートル前にたち、聞いてみる。
「ねえ、どうなの? 後悔してる?」
彼は答えない。
答えられるはずがない。
「……俺のせいじゃない。」
蓮の小さな声。
言い聞かせるような呟き。
私は、そっと囁き返す。
「いいえ、あなたのせいよ。」