第02話 楠瀬 陽菜-くすのせ ひな-
私は、月曜日の朝、いつもより早く学校に登校した。
朝の廊下は静かで、教室に来てもまだほとんど誰も来ていなかった。席につき、窓の外をぼんやりと眺める。
教室に人が増えてくる。みんな、週末の話をしている。新しく買った服のこと、テレビの話、部活のこと。
担任の先生が教室に入ってきて、ゆっくりと前に立った。
いつもなら「席につけ」と一言で済ませるのに、今日は違う。
少しの間、教室を見渡して、重い空気を漂わせたまま、静かに言う。
「……みんなに、大事な話があります。」
空気が変わる。
教室が、重くなる。
みんなが顔を上げ、先生の言葉を待った。
「霧野透花さんが……不幸な出来事により、亡くなりました。」
世界が止まる。
誰かが小さく「嘘だ」と呟く。
机を強く握る音。
椅子が軋む音。
誰かの息が詰まる音。
誰もが、一瞬で察した。
「不幸な出来事」──先生は「自殺」とは言わなかった。
でも、その言葉が持つ意味は、誰の心にも重くのしかかる。
そこだけ、席ががらんと空いている。
視線がそこに吸い寄せられる。
その後、全校集会が行われ、校長が全校生徒に、校門前のマスコミ取材を拒否し、何も話さないようにと、念押しされる。
「特にSNSなどで書かないこと、憶測の内容をみても信じないように。」
と校長は生徒に伝えていた。
教室に戻り、先生からは午後の授業は中止となったため、帰宅するように言われ、必要なら保健室でカウンセリングを受けるよう促される。
透花の死を知ったクラスメートたちは、それぞれ異なる反応を示しており、特に親しかった友人や、過去に関わりのあった生徒たちは動揺し、涙を流していた。
クラスの空気は、沈黙とざわめきが交互に押し寄せるようだった。
「金曜日まで普通にいたじゃん……」
「なんか信じられないよな。」
軽い調子で話す人もいれば、特に親しくなかった生徒は、「正直、関係ないし…」とクラスの重い空気を避けようとする者もいた。
「なんで?」と疑問を抱き、友達同士で「彼氏に振られたから?」「親と喧嘩したとか?」と、憶測を語り合う生徒もいる。
理由を求めて、憶測を交わす声。
そして、SNSはすぐに反応する。
「いじめが原因らしい」
「最後に〇〇と喧嘩してたらしい」
「〇〇のせいだって聞いた」
次々と流れる憶測のツイート。
それをリツイートする人、面白がる人。
そして、何も知らない人たちが『そうなんだ』
『やっぱり』と、事実のように受け止めていく。
でも、一番怖いのは、何も言わない人たち。
彼らは何を考えているの?
どう思っているの?
それとも……自分のせいだと思って、何かを
隠していたりするのかな?
「ふふ、ねえ、みんな、今どんな気持ち?」
心の中で問いかける。
「私」は、「楠瀬 陽菜」を見る。
彼女は、大粒の涙を流し、声を押し殺して泣いていた。明るく元気で誰にでも屈託ない笑顔で対応する。
名前の通りの陽だまりのような女の子。
……でも、本当にそう?
陽菜はそうやって泣いて、優しいふりをするんだよね。みんなが『彼女はいい子だ』って思ってくれるように。
涙は本物。
でも、その涙の理由は、本当に悲しみだけ?
「……私のせいじゃない……私は関係ない。」
本当はそうやって、まわりにアピールしてるんでしょ。
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