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流れ星願い事管理局

作者: 星河雷雨

 


 とある太陽系から見て、遥か60億光年果ての一つの銀河の中心。


 その中心に存在する、約2兆に及ぶ銀河を統治する銀河政府管轄下にある、まだ出来て5億年しか経っていない超新設機関、流れ星願い事管理局。


 そこはそれぞれの銀河の公転周期に合わせて、一周するごとに一度、銀河政府に属する銀河内に存在する生命体(これは有機無機問わず)の内、星に願いをかけた者の中から一人だけを選び、その願いを叶えることを目的として新設された局だった。


 そこの管理官補佐である男は書類の乱雑する机に向かいながら、自らが担当する銀河の一つ、そこの今期当選者の名が書かれた紙を見つめていた。


「はいはい、えっと? ケスタリウス銀河……ああ、あの渦巻銀河ね。面白いよねえ……あそこ。ええと、そこの今期の当選者は――なになに? 太陽系惑星地球の日本国、H県R市琴鳴町796番地の2。小暮歌。ふむふむ。太陽系かあ。……遠いなあ」


 最新式の転移装置を使えるとはいえ、男のいる銀河から彼の星まではかなりの距離がある。


「えっと……願い事をした瞬間の時空に跳ぶとして……あれ? これ行って帰ってくるまで三日はかかるんじゃない……?」


 これでは明日に控えた同期との飲み会には出られそうにない。すぐに幹事に断りの連絡を入れなければと、その男――ミゾロは一人ため息を吐いた。




 ☆彡☆彡☆彡




 当時の私は勝手に世界中を敵に回していた。


 とは言っても、一週間ほど前のことなんだけど。


 人間は嫌い。動物は好き。植物も、鉱物も、人間以外は大抵好き。


 けれど人間だけは。


 どこまでも自分勝手な人間だけは好きになれない。


 どれほど善行を積んだ人がいても。


 たとえ本当の善人でも、心の底からどこまでも優しい人だとしても。


 やはり人間はこの地球にとってとても罪深い生き物なのだと、当時の私は思っていた。


 人間などこの世から消えてなくなればいいのに。何度そう思ったことか。


 この世のすべての人間を消してくれるなら、私も喜んで消えるのに。そう思っていた。


 だから、空から落ちて来る星をひとつ見つけた時、私はとっさに祈ったのだ。



『どうかこの世界のすべての人間を消してください』って。



 ただの気まぐれ。


 なんてことはない行為だった。


 流れ星に何かを願ったのなんて、ほんの小さな子どもの時以来だ。星になんか願っても意味はないことを、中学生になった私はもう知っていた。


 なのに――。



「はいはい、承知しましたー。すべての人間を消すことがあなたの願いなのですね? 一応確認なんですけどお。あなたの言うこの世界の範囲って、この惑星上ってことで良いんですよね? 宇宙全体のことなんて言ってないですよね?」



 だからまさか。


 その私の心の中の祈りに応える存在がいるなんて、夢にも思わなかったのだ。




 ☆彡☆彡☆彡




 一人きりの夕飯を済ませ、お風呂上りに庭でバニラアイスを食べていたその時。


 私が立つ正面の空に、これまで見たこともないくらいの大きな大きな流れ星がひとつ、白い尾を引きながら流れ落ちた。私はそのあまりの迫力に気圧されながらも、心の中で咄嗟に願い事を囁いた。


『どうか世界中の人間をこの世から消してください』


 暗い空を流れる星にそう願いをかけた次の瞬間、まるで空から降って来たかのように、その男は突然私の目の前に現れた。


「はいはい、承知しましたー。この地球上からすべての人間を消せばいいんですね? 一応確認なんですけどお。あなたの言うこの世界の範囲って、この惑星上ってことで良いんですよね? 宇宙全体のことなんて言ってないですよね?」


 星の光のように淡く金色に輝く白髪は、足首までのスーパーストレートロング。


 血の気がまったく感じられない、雪のように真っ白な肌。


 この世界の闇という闇を集めて煮詰めたような、底なしの真っ黒な瞳。


 でもなぜか白目の部分が明るいミントグリーン。


 耳にはピンクのイヤホン。


 足元はレモンイエローのブーツ。 


 男が身に着けている自身の髪よりも白い、宇宙服のような、あるいはどこぞの作業服のような着衣は、控えめだけれどキラキラとラメをまぶしたように煌めいている。


 そんな個性の際立ち過ぎている男が、私の目の前でコキコキと首を鳴らしていた。



 ――……テクノ系?。


 ――いや、空から降って来たからテクタイト系か。


 ――なんだよ、テクタイト系って。


 ――あ、やばい。


 ――私テンパってる。



「いやあ、ここまで遠かったですねえ。まさかこんな辺境の星に当選者が出るとは……。我が局が設立されてからはじめてのことですよ。よほど運が良いですよ? あなた」

「……いや、え? だ、だれ……」

「あ、はじめまして。わたくし流れ星願い事管理局管理官補佐のミゾロと申します」

「はあ……」

「H県R市琴鳴町796番地の2って、ここですよね?」


 ここ、と言うところで、男――ミゾロの異様に細長い指が地面を指示した。


 ちなみに爪は真っ黒。


 そんなミゾロの尖った黒爪で指し示された場所には、夏の陽射しで枯れかかっている人工ではない芝生が生えている。



 ――あーあ。


 ――この様子じゃ、きっと秋まで持たないだろうな。


 ――水やりさぼっちゃったからな。


 ――死ねよ、私。


 ――これだから人類は。



「えっと……、うちの住所、です」

「良かった。あまりにも遠い所だと着地点に誤差が生じる可能性が高いんですよねえ。で? あなたは小暮歌さんでお間違いないですか?」

「な、ないですけど、あの……!」

「はいはい、なんでしょう?」


 ミゾロのミントグリーンの白目と底なしの穴のような黒目が私をじっと見つめている。その不気味だけれど妙に神秘的で力強い瞳に負けじと、私はミゾロを見つめる視線に力を込めた。


「さっきの……なんですか? っていうか、不法侵入……」

「何とは? ……ああ。ええと、わたくし先述の通り流れ星願い事管理局管理官補佐の職に就いておりまして、此度は当選者であるあなたの願い事を叶えるためにこの辺境の星へとわざわざ出向いたわけなのですよ。願いましたよね? あなた。流れ星に」

「……願いましたね」

「不法侵入に関しても確かに土地の所有者の許可を取らずにこの地に降り立ったことは認めますが、ですがそもそもわたくしこの星の者ではないので治外法権……まあ、不法侵入には当たりませんのです、はい」

「そう……なんですか?」

「そうなのです。で。あなたの、願い事。さきほどの内容でお変わりありませんか?」


 さあさあさあと、ミゾロが私に返事を促してくる。



 ――いや、聞きたいのそこじゃなかったんだけどな。


 ――なんで空から降って来たみたいに……。


 ――いや、確実に降って来た。


 ――上からストンと地面に降り立った。


 ――でもこの人さっき自分でこの星の者じゃないって言ってたから、結局その言葉で私の疑問はもう解決してるじゃん。


 ――この人宇宙人じゃん。


 ――え、マジ?


 ――てかさー、流れ星願い事管理局?


 ――なんだそれ。


 ――当選者?


 ――流れ星への願いが叶うなんて、そんなのありっこない。


 ――都合が良すぎ。


 ――宇宙人とか笑える。


 ――夢、夢。これは夢だ。


 ――私の願望。



「そうですね。そう思っていただいても結構ですよ? こちらはやることやるだけですので」

「え? 口に出してた……?」

「いいえ? テレパシーを使いました。テレパシーは当局職員になるには必須の能力なのですよ。ほら、皆さん願い事を口に出さずに頭の中だけで唱える方って結構いらっしゃるじゃないですかあ。そんな時、テレパシーが使えた方が便利でしょう?」



 ――あ、だから私の願い事知ってたのか。


 ――確かに。


 ――テレパシー便利。


 ――いや。考えてること丸わかりじゃん。


 ――プライバシー皆無じゃん。



「いえ、何でもかんでも考えてることすべて受信するわけじゃないんですよ? 先ほどのような強い願い事とか、今のような感情の高ぶっている時の思考とかは受信しやすいですけど」

「あ、そうなんですね……」



 ――やば。


 ――心を無にしなくちゃ。


 ――無。


 ――無。


 ――無。


 ――……。



「……すみません。頭の中でムームー言うの止めて貰っていいですか? ……あ、ありがとうございます。それでですね。ちょっと確認したいことがあるんですが……」

「……何ですか?」

「はい。繰り返しになりますが、あなたの言うこの世界の範囲って、この惑星上ってことで良いんですよね? 宇宙全体のことなんて言ってないですよね? そうなってしまうとさすがにわたくしだけでは判断しかねますので、上に指示を仰がなければ」



 ――判断しかねる。


 ――ってことは出来るのか。


 ――上のOK出たら地球どころか宇宙中の人類消すのも有りなのか。


 ――あれ? 宇宙に人類いるの? 


 ――でもそれってもう宇宙人じゃ……。


 ――え? 宇宙人もすべて消しちゃうの?


 ――あ、あれ? この人だって宇宙人なのに?


 ――……なんかちょっと怖くなってきたな、流れ星願い事管理局。



 ――いや……この場合、怖いのはそんな願い事する私か。



「宇宙のことなんて知りません。そう。世界ってこの惑星のことです。私ごと、この地球上のすべての人間を消してください」



 ――多分人類必要ない。



 けれどそうミゾロに言い放った直後の私の視界に、ソファから降りた飼い猫のニャコが、外にいる私に向かって弾むようなリズムで近寄って来る姿が映った。



 ――あっ、ニャコの世話……。



「はい、では。あなたを含めたすべての人類をこの星から消すこと。それがあなたの願いですね?」

「え? あっ、待って!」


 ニャコは生まれた時からの飼い猫だ。人間にご飯を貰うしか、生きる術を知らない。もし私を含めた人類すべてがいなくなったとしたら、飼われている生き物たちはどうなるのだろう。



 ――ニャコはどうなる?



 私は友人の美奈子が飼っているエリマキトカゲのことを思い出した。



 ――あの子はどうなる?


 ――あの子だけじゃない。今、人間に飼われている子たちは? 檻や水槽に入っている子たちは?


 ――自分で餌を採れない子たちは? 水も飲めない子たちは?


 ――人間がいなくなったらどうなる?



「何でしょう?」



 人類より比較的長いと思われる首を傾げ、瞬き一つせずにミゾロが私を見つめている。



 ――あれ? もしや瞼ない?


 ――あ、あった。



 ミゾロがパチパチと瞬きを繰り返すたびに、ミントグリーンと真っ黒のチョコミントのような眼球が、見えたり隠れたり忙しい。


「あ、あの。願いを叶えて貰う前に、ちょっと聞いてもいいですか?」

「良いですよ」

「地球からすべての人類を消す前に、世界中で人間に飼われていたり管理されている動物たちを自由にすることって出来ますか?」

「自由ですか? それはどんな状態のことを言っています?」

「え? えと……。家の中にいる子や檻に入っている子は外に出して……」

「ふむふむ。それで?」

「……水槽の中の魚とかは生きていける場所に放して」

「ふむ」

「人間がいなくなった後も生きていけるようにして欲しいんですけど……」


 他にも何か必要な処置があるのかも知れないけれど、私に考えつくのは今のところこれくらいだ。


 わたしの願いを聞いたミゾロが、目を瞑って唸り出した。



 ――あ。瞼の色、薄いアプリコットなんだ。



「うーむ。困りましたね。あなたが先ほど言ったすべてを叶えるとなると、一つの願いでは足りなくなってしまいます。家にいる子を外に出す。檻に入っている子も外に出す。水槽の中の魚などを生きていける場所に放す。人間がいなくなった後も生きていけるようにする。これだけですでに四つですよ? そこに人類すべてを消すという願いを加えると、五つです」

「あ、そうか……」



 ――うん。さすがに五つは願い過ぎ。



 それに人間が消えるのは良いけど、その結果ニャコが辛い想いをするのは嫌だ。美奈子の飼ってるエリマキトカゲが辛い想いをするのも嫌だ。



 ――……どうしよう。またとない機会なのに。



 明日世界が消えていればいいのに。人間全員消えていればいいのに。そう願って叶う可能性なんて、ほぼゼロパーセントだろう。でも、ミゾロはそれを叶えてくれると言っている。



 でも出来ない。だって人類がいなくなったら、困る生き物がいるから。



 ――夢なのに、自由じゃない……。


 ――夢なんだから、後先なんて考えずに願っちゃえば良かったのに……。


 ――てか。


 ――そうだよ。


 ――人類全員消えたら、美奈子も消えちゃうじゃん。


 ――私が消えたら、もうニャコに会えないじゃん!



「……願い事、変えます?」



 私の心の中の葛藤をテレパシーでキャッチしたらしいミゾロが、願い事の変更を提案してきた。


「……出来るんですか? ……変更」

「出来ますよ。何にします?」



 ――何? 何にする? 


 ――人類全員消えたら、意外と困ることがわかっちゃったしな。


 ――あ、全員じゃなければ良いんじゃん? 半分くらいにしとく?


 ――でもそれじゃ平等じゃないよね……。


 ――いや、もういいか。消すから離れるか。


 ――それに……人類消しても宇宙人いるの知っちゃったしな。


 ――人間いなくなったあと、侵略してこないとも限らないし。


 ――ニャコとかエリマキトカゲとか、虐められるかもしれないし。


 ――あれ? 人類消すとか言ってる場合じゃなくない?


 ――人類一丸となって宇宙人と戦う未来キタコレ。


 ――ヤバイ。


 ――白目がミントグリーンの宇宙人なんて、絶対強い。


 ――あ、いいこと考えた!



「決まりました?」



 私はミゾロのチョコミントのような色彩の目を見つめながら、新たな願い事を口にした。



「……私と……友達になってください」



 ――これぞ宇宙人と仲良くなって宇宙戦争回避大作戦だ!




 ☆彡☆彡☆彡




「おお。戻って来てたのか、ミゾロ。辺境の銀河、しかも太陽系の惑星に行ってたんだって?」


 机に向かって今回の報告書を書いていたミゾロに、同僚であるビアデラが乾燥宇宙クラゲを噛みながら近付いてきた。


「ああうん。疲れたよお。最新の転移装置使っても、行きと帰りで三日だもん」

「でも、お前の他にそこの銀河系の惑星の言語喋れる奴いないしな。辺境過ぎて翻訳機も使えないもんなあ、あそこ」

「うーん。まあね。まあ言語は問題なかったんだけど……今期の当選者の願いってやつがさ、とんでもないもので……」

「何々? 世界征服? それとも世界中の富を寄こせとか?」


 ビアデラが分けてくれた乾燥宇宙クラゲを噛みながら、ミゾロは今期の当選者のことを思い出していた。


 自身を含めた全同種を消してくれと願った当選者。


 惑星の重力範囲内に入った瞬間聞こえて来たその願いに、ミゾロは顔を顰めた。


 これは変な当選者に当たってしまったぞと。


 流れ星への願いなど誰も叶えてくれる者はいない。いたとしたらそれはその者が信仰する神くらいだろうと、願った当事者は思っている。そして面白いことに、ほとんどの者は皆本気で神を信じてはいないのだ。


 なので皆結構とんでもない願い事を願っていたりするのだが、何かを根こそぎ消して欲しいなんて願い事は、多分これまでには例がない。当選者以外の者は願っているかもしれないが、少なくともこれまでの当選者の中にはいなかった。当局が叶えた願い事は、すべて記録されているからわかるのだ。


「それくらいだったら、範囲誤魔化しながらどうにか出来るけどさあ。そういうのじゃなくて、その惑星に生息する自己を含めた一つの種の絶滅?」

「……おおお。そりゃまた……。叶えられなくもないが……いや、微妙か?」 


 首を傾げつつ色々と考えているらしいビアデラに対し、ミゾロは一言、「無理」と断じた。


「だって、その種って特定保護種だもん」

「え? じゃ、人類か……。それじゃお前、どうしたん? その願い」


 大抵の願いは何でも叶える当局だったが、それでも出来ないことはある。その願い事が銀河全体へ及ぼす影響が大きすぎる場合などがそれにあたる。


 今回のことで言えば、彼の太陽系惑星に生息する人類という種を絶滅させることだ。


 この種は確かに厄介な種ではあるのだが、その分秘められた可能性は未知数であり、個性もさまざま。そのため意外にも各銀河にファンが多い。


 それはある意味今度は何をやらかしてくれるのだろうかという、怖いもの見たさを含む興味の対象としてのものではあったが、人気があることは確かだった。


 そしてその人気故に、現在宇宙秩序的には結構際どいところまで来ている人類だったが、今後よほどの失敗をしない限りはこのまま放置されることがすでに決定されている。


 そんなある種楽観的な政府の決定に異を唱える者たちがいないわけでもないのだが、秘密裏に手助けするファンが方々にいるため、よもや最悪な事態にはならないだろうとの見方が大多数を占めていたりもする。


 というわけで、この種を絶滅させたらおそらく現政府の支持率は駄々下る。しかしもともとが政府の人気取りのために設立された局が当局であるため、それでは本末転倒なのだ。


 よって、此度の当選者の願い事に上が是と言うわけがないことは、最初からわかり切っていたのだ。


 そして万が一ミゾロが独断で今回の願いを叶えていた場合、ミゾロは規約違反でその場で即捕縛、宇宙監獄送りとなっていたはずだ。


「仕方ないからどうにかこうにか話を誘導して、最終的に別の願いにもってこうとしたんだけどさ……。ちょうどその時、当選者の心に迷いが生じたんだよね」

「へえ……。助かったな。絶対その願いじゃなきゃヤダ! なんて言われたら面倒だもんな」


 最終的には当選のやり直し、なんて事態もあり得ることではあるのだが、けれど面子を重んじる政府としては、それは最も避けたい事態だろう。


「そうそう。これはいけるかもって思ってたら、結局最後は別の願いを言ってくれてさ。本当、助かったよ。……でもさ。最初のとんでもない願い事だけどさ。なんだろう、あれ。願い事っていうより、単なる一過性の病気っていうか、熱に浮かされた状態っていうか、ちょうど当選のタイミングが悪かったんだと思うんだけど……。思春期ってさ、もうすべてがどうでもいいって思う時あるじゃない? 多分あんな感じの、もうちょっと年数経てば黒歴史になっちゃう感じのあれ」


 ミゾロは当選者の心の内を密かに探っていたけれど、本人が特に酷い目にあったとかで人類全体を恨んでいるというわけではなく、本当になんとなく、あるいは子ども特有の純粋な嗅覚でもって、自分の住む星全体の未来を憂いている感さえあった。


「ああ、あったあった。俺も朝起きたらこの銀河消滅してないかなって思ったことあるわ。するわけねーっての。いや、いつかは消滅するけどさ、今じゃないよなって」

「ね。でもある日すとんと、今度は反対方向にもうどうでもいいやってなることもあるじゃない? 諦めるっていうか、ある種の悟りを開くっていうか……」

「世の無常を知るわけだな」

「そうそう。だから、タイミング見計らって願い事変えませんか? って聞いたら」

「聞いたら?」

「友達になってくださいだって」

「なったのかよ⁉」


 ビアデラが驚くのも無理はない。


 彼の太陽系は銀河政府下の統治とはいえ、その太陽系に存在するいかなる生命体も、いまだ宇宙銀河連盟の同胞とは認められてはいないのだ。そのため政府はおろか宇宙生命体の存在を明かすことすら、本来なら許されてはいない。


 今回は当選者だったため、特別に許可が下りたのだ。


「仕方ないじゃない、人類全消去に比べたら安いもんでしょ。ちゃんと上の許可は取ったよ? とは言っても、さすがにちょっと遠距離過ぎるよね……。一応通信機渡して来たけどさあ」

「渡したのかよ! ……大丈夫なのか? それ。現地の奴に見つかったりしねー?」

「あ、頭に埋め込んできたから大丈夫。てかダメならダメって上も言うよ」

「まあそうだな……。それで? その当選者テレパシー使えるようになるってことか?」

「うん。でも送受信僕だけに設定したから、周囲の思念受信しまくるなんてことにはならないから、そこは心配ないんだけど……。それでもやっぱ距離があるからさ。多分、届くのにタイムラグがあると思うんだよね。渡したの旧型だったし」

「なんだよ、旧型しか持ってかなかったのか?」

「だって僕らはテレパシー標準装備じゃない。あくまで不測の事態の予備として持ってったからさ」

「旧型のタイムラグって、どんくらい?」

「三百年くらい?」

「……三百年か。ってお前! 人類そんな長命じゃないぞ! たしか寿命は百年にも満たないんじゃなかったか⁉」

「え、嘘⁉ そうだったっけ⁉ みじか!」

「お前、それで願い事叶えたことになんの?」

「ええ~……?」

「上に出す報告書も直した方がいいぞ? 仕事にケチつくの嫌だろ? ……ってミゾロ? どうしたんだ?」


 当選者とミゾロの途方もない寿命の差については、ビアデラに言われなければおそらくミゾロは気付かなかった。だが気付いたからには仕方ない。


「……これからもう一度最新の通信機器渡しに行ってくる」


 恨めしそうな表情でビアデラを一睨みしたミゾロは、今一度転移装置に乗るべく重い腰を上げた。



 おまけの後日談


 ☆彡☆彡☆彡



 私は今日も一人、庭に出て夕闇の迫る空を眺めながらチョコミントアイスを食べている。


 枯れかけていた芝生もここ一週間朝夕水播きをしているため、今は生き生きとしていた。


 どんどんと暗くなっていく空を眺めながら、私は流れ星を探した。願い事をするためだ。


 人類を消してくださいなんて願いじゃない。


 人類なんてくそだけど、私は大人になったのだ。


 すべての人類の消滅なんて、もう願ったりしない。


 私の願いは今のところひとつだけ。


 ミゾロから返事が来ますように。


 それだけだ。


 でも宇宙人と友達になったなんて、こんなことを言う今の私を美奈子に知られたら、勝手に全世界を敵に回して斜に構えていた頃の方がまだマシだったと、頭を抱えられることだろう。


 嘘じゃないよと言っても、きっと信じては貰えない。


 ますます頭おかしくなったのかよ、なんて言われそう。


 でも多分美奈子の方が正解なのかもしれないと、一週間経った今では私もそう思いはじめていた。


 あれは多分、夢だった。


 流れ星願い事管理局も。 


 頭に埋め込まれた通信機器も。


 チョコミントの瞳も。


 全部夢。




 ……だってミゾロから返事が来ない。




 そんなことを考えながら私がうじうじとアイスを齧っていると、目の前に突然、空から真っ白な流れ星が降って来た。


 足首までのびたスーパーストレートロング。


 チョコミントの瞳。


 相変わらずのテクノ系。


 一週間ぶりに見るその姿に、私はパチパチと目を瞬かせた。


「……ミゾロ?」

「はい。歌さん。約一週間ぶりでしょうか?」

「……夢かと思ってた。だって、テレパシー送っても全然返事こないし」


 普通にテレパシーなんて単語使う私、美奈子に知られたらマジヤバイ奴認定だ。


 というか、テレパシーで返事寄こせばいいのに、なんでミゾロは直接ここに来ているのだろう。


「すみません……。歌さんに渡した通信機器ですが、旧型のものでして……。こちらからわたくしのいる局までテレパシーが届くのに、約三百年かかることが判明しました」

「三百年!!」

「はい。なので、今度は最新の通信機器をお持ちしました」

「……頭の中の奴どうなるの?」

「取り出します。大丈夫、すぐですよ? ちょちょいのちょいです」

「ちょ……やだ! 怖い! やだ!」

「大丈夫ですって……! 痛くない、痛くないですよ! 埋め込むときも痛くなかったでしょう⁉」

「ほ、本当……?」

「本当です。最新機器に変更すれば、タイムラグは三十年になるんですよ! すごいでしょう!」

「三十年!」

「三十年なら……えーと? 歌さんの寿命が百年未満だから……あ、どうしよう。往復を考えるとあと一回くらいしか通信できませんね……。歌さんが長生きすれば二回?」

「……」


 というわけで、話し合いの結果ミゾロは年に一回、私に会いに地球へ来ることが決定した。


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