第7話 《神鎧装》
翌日のこと。
僕は自室で昨日のことを思い出していた。
「フィー……柔らかかったな」
崖から落ちて瀕死になった僕をフィーは必死に治療してくれた。
どういうわけか、衣服を脱いで体を密着させて……どうしてそんなことをしたんだろう?
その時のフィーの柔らかな感触と温もりが頭から離れない。
「ダメだダメだ! この世界でフィーが幸せになるには、カイルと結ばれないと……」
僕は悶々とした気分をなんとか追い払おうとする。
しかし、あの感触は簡単に忘れられるものじゃない。
「とにかく、稽古に行こう」
その後、午前の稽古をこなし、みんなで昼食をとる。
そして昼食を終えた頃、母上は特別な稽古をすると言って、僕らを庭に呼び出した。
「セレナさん、特別な稽古って一体なんですか?」
「カイルは興味津々のようね」
「はい! 父はなかなか帰ってこれないので、こうしてセレナさんほどの騎士に教えを受けるのが嬉しくて」
カイルの父は、南部辺境師団と呼ばれる組織に所属している。
王国南部には、アルテア帝国と呼ばれる、長年王国と対立してきた国家が存在する。
そのため、南方を守護する南部辺境師団は、国中の精鋭が集う場所でもあった。
下級貴族の出ながら、カイルの父がそのような師団に属するのは、それだけ優秀な証だが、そのせいでカイルは父とほとんど顔を合わせることができないでいた。
「やらしー。そうやってセレナさんに甘えてるんだ」
「な!? ち、違うよ!! そんなんじゃ……」
慌てたようにカイルが取り繕う。
カイルは年齢のせいでフィーに対する想いを自覚できないでいる。
ストレートに好意をぶつけるフィーに対して、カイルはツンケンした態度を取ったりして……ってあれ?
そこで僕は違和感を覚える。
原作でのカイルはむしろ、フィーに対する好意をはっきりと自覚し、何かとフィーを気遣ったり、優しくしたりと紳士的に振る舞っていたはずだ。
僕の中のカイル像と、目の前のカイル像にはいくらかギャップがあった。
その齟齬に、奇妙な感覚を覚えながら、僕はカイルたちに視線をやる。
照れるカイルにフィーがほんの少しジェラシーを感じていると、庭に一匹の獣が入り込んできた。
「グゥウウウ……」
それは獅子の顔と屈強な人の体を持つ紫紺の獣だ。
体長は3メートルほどで、僕らを覆うようにその巨躯が影を落とす。
「どうしてこんなところに魔獣が!?」
フィーがたじろぐ。
それは、僕のよく知る動物とはまるで異なる、魔獣と呼ばれる存在だ。
その気質は獰猛で、人を捕食し、魔力を摂取することを好む、忌まわしい生き物だ。
「かなりの大型だ……」
カイルが剣を抜こうとする。
しかし、それを母上が制する。
「三人とも、今から私がやることをしっかり見てなさい」
そう言って、母上は剣を抜く。
母上の剣の腕は凄まじいが、果たして人間があんな化け物に敵うのだろうか?
だが、僕の不安はすぐさま覆される。
彼女が剣を構えると、全身を蒼炎が覆い尽くしていったのだ。
「母上!?」
その光景を見て、僕はギョッとするが、母上は安心させるようにボソリと言う。
「大丈夫よ。しっかり見ていなさい」
それから程なくして、炎の中から、真紅の鎧を纏った母上が現れた。
「その姿は……」
僕は母上の姿に見惚れる。
全身を覆う鎧はまるでルビーのような光沢を放ち、その背中からは灼炎が翼の如く広がっていた。
これまで持っていた長剣もより大きく、立派な業物に変化し、その移り変わりはまるで特撮ヒーローの変身のようであった。
「ガアアアアアア!!!!」
獅子が母上に襲いかかるが、母は微動だにしない。
しかしその直後、わずかに彼女の足元が揺れたと思ったら、一瞬で獅子の眼前へと移動した。
その歩法は鮮やかで、目にも留まらぬほどだ。
「ガァッ!?」
その俊敏な動きにたじろいだ獅子が後退る。
そして、母上は細腕で扱うにはあまりにも大きな大剣を振るい、横薙ぎに獣を一閃するのであった。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
かなり強力な獣に見えたが、その一撃で終いだ。
獣の全身が蒼炎に包まれ、その肉体はまるで初めからそこに存在していなかったかのように、霧散していった。
やがて母上の鎧が光を放って消え去る。
その後には、いつも通りにドレスを纏った母上がいた。
「セレナさん、その鎧はもしかして……」
「カイルくんは知っているようね。これは《神鎧装》と呼ばれるもの。精神と魔力が融合して具現化したものよ」
精神と魔力が融合した武装ということだろうか。
この世界には魔法があるが、まさかこんなものまで存在するとは。
「でも、セレナさん、特別な稽古ってもしかして私たちに……」
「ええ。あなたたちには《神鎧装》を習得してもらう……と言いたいけど、やってもらうのはその前準備よ」
「前準備……ですか?」
「《神鎧装》を発動させるには、強い魔力と精神力が要る。これから行うのは、それらを制御するための訓練よ」
魔力の制御。
これまでは剣術の稽古ばかりで、母上は魔法に関しては一切、指導はしてくれなかった。
とうとう、それを習得する日が来たのだ。
それに母上が披露した鎧はとても格好良く、子供の僕の心が思わず昂った。
あれが習得出来るなら、どんな修行に耐えたっていい。
「魔力の制御ですか。俺とフィーは3歳の頃から訓練してきたし、今更……」
「そうね。バレないように森で訓練してるみたいだし、カイルくんにとっては朝飯前のようね」
「ど、どうしてそれを!?」
どうやらカイルの行いはとっくにバレているようだ。
一応、母上にはバレない様にこっそり帰ってきたつもりだが、やはりお見通しだったようだ。
「あなたたちはまだ幼い。森への立ち入りは許可するけど、絶対に奥に行ってはいけません。入り口付近はともかく、奥は崖があって、滑落したら命にかかわるわ」
もう既に命にかかわってます。ごめんなさい。
それにしても気になることがある。
3歳の頃から……?
どういうことだろう。僕はこれまで魔力に関する教えは一度も受けたことがないのに。
二人は既にそれに触れている。二人が特別なのか、それとも僕が……?
僕の疑問をよそに、母上は指導を始める。
しかし、その内容はとても不思議なものだった。
滝行に坐禅といった、まるで寺の修行みたいなものだったり。
「左手で三角、右手で円を描くって……一体、何の意味が?」
こんな風な、よく分からない作業を延々とやらされた。
そのうち車にワックスがけでもさせられるんじゃないだろうか。
それでも僕は母上を信じて、その修行を続ける。
しかし、一つだけ納得いかないことがあった。
「母上、どうして僕には魔力の制御を教えてくれないのですか?」
精神の修行と、魔獣との戦いで魔力を拡充することは許されたが、魔力の制御だけは頑なに禁じられていた。
「あなたにはまだ早いわ。魔力の器が育っていないから」
「で、でも、カイルたちは……」
器が育っていないというのは、魔力量が低いという意味だ。
幼少期は大体みんな同じぐらいの、わずかな魔力量しか持たないが、成長とともに魔力を受容する器は拡充される。
さらには魔魂を吸収することで、一層の強化も図れる。
だけど器が育ってないせいで魔力制御の訓練が受けられないのなら、カイルたちが幼少期から訓練を受けていることと矛盾する。
しかし、母上はそれ以上、詳しいことは教えてくれなかった。
その日の晩。
「そういうことなら、魔力の器を拡充させないと」
それから僕は毎晩のように森に向かった。
そして、ひたすらに魔獣を倒し続ける。
足りなければ森の奥へ、とにかく僕は必死に、強さを求めた。
僕は強くなる必要がある。
心の奥底にある不気味な力。それに振り回されないようにしなきゃ。
だけど、母上は魔力の制御を教えてはくれない。
きっと魔力が足りないのだろう。
だから、僕はある手段をとった。
「グルゥゥゥゥゥ……」
森の奥にある祭壇には竜が住み着いているという。
それは子供を立ち入らせないための噂だと思っていたが、真実であった。
「すぐに魔魂にするのは勿体無い。その力を極限まで吸い上げないと」
竜が顎を開き、炎を吐いた。
だが、僕は防御も回避もせず、それを受け止める。
「くっ……あああああああああああ!!!!」
まるで父に焼かれた日のようだ。
ドラゴンの火炎は想像を絶する威力で、僕はそのあまりの熱さと激痛に気を失いそうになる。
――何ヲ考エテイル! 自殺スルツモリカ!
不愉快な声が響いてくる。
その時、僕は身体中に竜の吐息が吸収されていくのを感じる。
生まれた日のことだ。
僕は貴族たちの魔力を大量に吸収した。
あれはこの不気味な力に由来する防衛機能なのだろう。
僕は、それを利用して、器を広げようと考えたのだ。
「どんな苦痛でも耐えてやる。さあ、もっと来い!!」
そうして僕は、この世で最も過酷で、僕にしかできない修業を始めるのであった。
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