第5話 頭痛
フィーと一緒に勉強をするようになってから、もう一つ、これまでの僕とは違う、大きな変化があった。
それまで何の意味も感じられなかった剣術の稽古にも身が入るようになったのだ。
「レオン、今日は随分と気合が入ってるのね」
木剣で打ち合っていた母上が感心したように言う。
僕はとにかく無心で取り組み、母上の教えに従った。
「踏み込みも体捌きもまるで別人……これまでに教えた剣の型も、この上なく洗練されている……よくここまで辿り着いたわね」
その甲斐もあって、母上は生まれて初めて、僕の剣を誉めてくれた。
既に前世の母の恐怖は薄れていた。
こんな僕でもフィーは認めて受け入れてくれる。少しずつだけど、母上も僕を褒めてくれる。
おかげで僕は、学ぶということに自発的に取り組めるようになった。
二人のおかげで、僕はこの新しい人生でも、なんとかやっていける気がしてきた。
「そう。そういうことなのね。あなたに必要なのは……」
その日の稽古終わり、母上は考え込むような仕草でそっと呟いた。
そして翌日のこと。
「レオン。あなたに紹介したい人がいるわ」
僕の前に立っていたのは青い髪の少年だ。
「君は……?」
その姿を見て、僕は息を呑んだ。
間違いない。カイルだ。
「話はフィーから聞いてるよ、レオン。まだ七歳なのに、随分と剣の腕が立つんだってな?」
彼はこの世界の主人公とも言える人間だ。
この世界は彼のためにあり、この世界は彼の選択によって分岐する。
そうか、もう彼と出会う時期だったのか。
「レオン、あなたには互いに競い合える友が必要よ。彼と共に、これからさらに剣の稽古に邁進しなさい」
「俺の名前はカイル。これからよろしくな、レオン」
彼は僕――レオンが歪む元凶となった人物だ。
僕が想いを寄せるフィーは、彼の婚約者で、レオンにはそれが受け入れられなかった。
「ああ、よろしく。カイル」
だけど僕は違う。
確かに、悔しい想いはあるけど、僕にとって大事なのは、フィーが幸せに暮らすことだ。
その幸せが彼と共にあることなら、僕は迷わずそれを受け入れる。
それから僕は二人と共に、一層稽古に勉学にと励んだ。
そしてある日のこと、その日も僕とカイルは互いに木剣で打ち合っていた。
カイルは村の同年代の子と比べても恐ろしく腕が立ち、その身体も標準よりもかなり大きい。
そんな彼の放つ猛攻を捌くのは極めて困難であった。
僕は、それをなんとか受け流し続ける。
「レオン、お前は本当に強いな……村の大人の中でも、俺の剣をここまで防げるのは居ないのに」
全ては、母の教えの賜物だ。
前世の頃から、他人の言いつけに従うのは得意だった。
その忍耐力から、僕は母の教えの全てに忠実に従った。
そのおかげで、それなりに力はついた。
僕は体格の小ささを活かして、カイルの背後をとる。
「なっ……!?」
直後、カイルが振り向き、目にも止まらぬ速さで剣が振られた。
それはカイルの本気の一撃だった。
「くっ……!?」
凄まじい力だ。
年の差から生まれる体格の差もあって、完全には押し切れない。
「ぬおおおおおおおお!!!!」
やがて、カイルが凄まじい気合と共に、僕を木剣ごと吹き飛ばす。
そして僕は地面に激突してしまうのであった。
「レオン!!」
近くで見ていたフィーが慌てて駆け寄ってくる。
「今すぐ治療するからね」
彼女が僕にそっと触れると、温かな魔力が流れ込んできた。
そんな大した怪我ではないので大袈裟だが、それでもフィーにこうして労わってもらえるのはとても嬉しい。
「おーい、レオン、無事かー?」
「無事かーじゃないよ! レオンは4歳下なんだよ! それなのに、あんな強い力出すなんて!」
「いやあ、悪い悪い。だが、レオンの動きがあまりにも良くて、力が抑えられなくってなあ」
「抑えられなくってじゃないよ……今日の稽古はもうこれでおしまい。それでいいよね?」
「まあ、確かに日も暮れてきたしなあ」
すっかり日も暮れかかっている。
確かに、稽古を切り上げるにはちょうどいいタイミングだろう。
「よし、これで良し。それじゃあ一度、屋敷に……って、わっ」
立ちあがろうとしたフィーが一瞬よろける。
僕は咄嗟に彼女を受け止める。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう……」
フィーを抱き留めるような形になってしまったからか、フィーがわずかに照れる。
「おいおい。魔力の使いすぎでよろけるなんて、修業不足だなあ」
「も、もう、どうしてそういうこと言うの。もっと優しい声を掛けたりとそういうことはないの?」
「いや、そんなこと言ってもなあ……」
「一応、私たち婚約者なんだけど」
フィーがジトーっとした視線を送る。
「婚約者って言っても、親が勝手に言ってるだけだろ?」
……あれ?
「それはそうだけど……でも、少しぐらい優しくしてくれても……」
フィーが頬を膨らませる。
僕は二人のやりとりに違和感を覚える。
ここのカイルのセリフはこんな素っ気なかっただろうか?
「もういいですー。レオンの方がずっと優しいんだから」
そう言ってフィーが僕と手を繋ぐ。
「それじゃ、意地悪なカイルは放っておいて、二人で帰ろっか」
「え、あ……」
フィーが僕の手を引っ張る。
「あ、おい。待ってくれよ」
慌ててカイルが追いかけてくる。
やっぱり妙だ。
ここは、カイルがフィーを抱き止めて、二人でいい雰囲気になるシーンだった気が……
カイルの代わりに僕がフィーを受け止めてしまったせいで、流れが変わったのだろうか?
――何ヲ安心シテイル?
ふと、ドス黒い感情が僕の中に湧き上がった。
この感覚は……
――最初カラ、貴様ガ入り込ム余地ナド無イ。所詮、貴様ハ異物ナノダ。
「うっ……ぁ……」
頭が痛み出す。
とても不快な感覚だ。
「レオン、大丈夫!?」
フィーが慌てて駆け寄ってくる。
すると、その声と不快感がスッと消え去る。
「随分と痛そうにしてたが、まさか、どこか怪我したのか?」
「い、いや、大丈夫だよ」
間違いない。父に処刑されそうになった時に頭に響いた声だ。
一体、これはなんなのだろうか?
僕が穢れた子と呼ばれた理由なのだろうけど、なぜか、これについてだけは思い出せないのだ。
「レオン、屋敷に戻って休みましょう。風邪かもしれないから熱を測って、ベッドで横になってゆっくり休んで……あ、私おかゆ作ってあげる! この前、ラナさんに教えてもらって……」
「い、いいよ、大丈夫だから!」
ちょっと語気が強くなってしまった。
「そう? 大丈夫なら、いいんだけど」
少しだけフィーが寂しそうにする。
彼女は世話好きだから、がっかりさせてしまったのだろうか?
だけど、なんだか嫌な予感がしてしまったのだ。
今の声は危ない。僕はフィーとカイルの関係を応援しているけど、やっぱり心のどこかで二人の関係を羨ましく思っている。
そして、この声はそんな僕の意思を捻じ曲げようとしている。
そんな気がしたのだ。
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