第4話 再会
僕は物心付いた頃から、剣術を習い、身体を鍛えてきた。
朝から筋力トレーニングに、走り込みを課せられる。
そして午後は、千回に及ぶ素振りを通じて剣の型を学び、その後は木剣を用いて、母と打ち合う。
こんな日々をずっと続けていた。
「疲れが見えているようね。休憩にしましょう」
この国でも五指に入る騎士だけあって、彼女の指導はとても厳しく過酷だった。
だが、前世の母とは違い、その指導には合理性があった。
幼い身体に負担になるようなオーバートレーニングが課せられるようなことはなく、適切な休憩と水分が与えられた。
「明日は休みとします。身体をしっかり休めて、次に備えなさい」
母上とは、ほとんど口を利くことはないが、彼女は極めて正確に、僕の成長状態と、疲労度合いを見極めているようであった。
初めは、前世の経験から、母上の指導を受けることに強い緊張感を抱いていたが、今となっては着実に鍛えられていく己の身体に、幾ばくかの充足感を覚えていた。
「時間よ。稽古を再開するわ」
休憩を終え、僕は木剣を構えて母上と対峙する。
母上は凄まじい速さで、重たい一撃を次々と放ってくる。
これでも彼女の本気の一割にも満たないだろうが、それでも子どもの僕には恐ろしい相手に見える。
僕は必死に母上と打ち合う。
その時、ふと不安が過った。
この村に来てから、父上の刺客らしき人物は一度も現れなかった。
だが、一体いつ僕の命が狙われるのか、そして今の僕の実力で、自分の身を守れるのか。
母上の本気の一割も受け止められない僕は、本当にこの世界で生き抜けるのだろうか。
「レオン!」
母の怒号と共に、上段から剣が振り下ろされる。
僕は咄嗟に防ごうとするが、受け止めきれず、弾き飛ばされるのであった。
「っ……」
地面に倒れ込んだ僕に、母上が手を差し伸べる。
「そんなことでは、立派な剣士になれないわ」
冷たい視線を浴びせながら、母が言い放つ。
別に立派な剣士になりたい訳じゃないが……
「申し訳ありません……母上」
だが、前世から染みついた癖のせいか、僕は反射的に謝罪をすることしかできなかった。
「何か、不安を抱えているようね? 何かあったのかしら?」
「それは……」
僕は言葉に詰まる。
そう言えば、前世の頃から自分の考えを親に話すという機会は一度もなかった。
進路も受験するかどうかも、どこに就職するのかも、決めたのは全て前世の母だ。
そのせいで、僕はうまく言葉を紡げない。
「……これだけは一つ言えるわ。この屋敷には何重もの防衛策が施されている。ここに居る限り、あなたに危険が及ぶことは絶対にない。それだけは保障します」
この人は、どうして僕と口を利かないのに、僕の不安は一発で見抜けるのだろうか。
そのことが嬉しくもあり、不思議でもあった。
「今日はここまでにしておきましょう。稽古は明後日からまた頑張ればいい。あなたには時間がたくさんあるのだから」
そして、僕らは屋敷へと戻る。
そして、数日後の夜。
いつものように厳しい訓練をこなした僕は、自室に戻ってベッドに吸い込まれるようにして倒れ込む。
しかし、そのささやかな休息は、すぐに終わりを迎えた。
扉をノックする音ともに、母上が入ってくる。
「レオン、今日からは勉学にも励んでもらうわ。しっかりと学びなさい」
母上はそう言って、大量の勉学書を持ち込むのであった。
その分厚い本の束を見て、僕はため息が出そうになるのを堪える。
この世界でも勉強漬けの日々か……
前世の苦い記憶が思い出される。
母上は厳しいが、基本的に僕の人格を否定したり、誰かと比較したりといった言動はしない。
だが、前の母親は、突然豹変してしまった。
母上もそうなるのではと、僕は心のどこかで思ってしまった。
「まずは算術からよ。私が教えるから、それに従って問題集を解きなさい」
騎士とは戦うことが主な職だと思っていたが、母上の教え方はとてもわかりやすかった。
もちろん、この世界の教育レベルは、僕の知る前世とあまり差がなく、僕の前世の知識が活かせるという理由もあるが。
ともかく、母上に従って、問題集をこなしていく。
どうでもいいが、この世界でもドリルという言葉が用いられているらしい。
なんでドリルって言うんだろう。
そんなくだらないことを考えながら、僕は一通り指定された範囲の問題を解き終える。
「もう、解けたの……?」
あまりにスラスラ解いたからか母上は驚いたような表情を浮かべる。
確かに、僕ぐらいの歳で解くには少々難しく、この時間で終えるのは不自然かもしれない。
怪しまれたりしないだろうか……?
「立式に問題はない。計算も正確で……この引っかけもしっかり見抜いている……」
母上はボソボソと呟きながらチェックをつけていく。
ちなみにこの世界では丸ではなくレ点をつけていくスタイルのようだ。
そういえば、海外ではそうだったとどこかで聞いた気がする。
さて、一通り採点が終わったが、どうやら全問正解のようだった。
どうやら、この世界の教育レベルは高いようで、今解いた問題は、僕の年齢が解く問題にしては高度と言える。
だが、流石に前世の知識があって間違えるほどではなかったので、流石にほっとした。
「……レオン。あなたはとても賢い子のようね。素晴らしい出来よ」
………………え?
褒められた……?
母上はとても厳しい人で、これまで剣術の稽古で僕を褒めることは一切なかった。
だけど今は僕を素直に褒めている。
不意の言葉に僕は胸が熱くなってしまった。
こんな風に勉強で褒められるなんて初めての経験だった。
それからも昼は剣術、夜は勉学の日々が続いた。
剣術の方は相変わらず厳しいが、勉学の方は毎日のように母上に褒められていた。
と言っても一言二言だが。
「あなたの歳で、このレベルの内容が理解できる子はそう多くはないわ。あなたはとても優秀な子ね」
思わず口元が緩みそうになってしまう。
我ながらチョロいと思うが、母上に勉強の出来を褒められて以来、僕は勉学の時間が楽しみになっていた。
これまで母上は僕に関心が無いと思っていたが、もしかして思い過ごしだったのだろうか?
普段、冷たい態度を表すことの多い母上の思わぬ一面に、僕はたまらなく嬉しくなる。
「どうやら、一般的なカリキュラムでは、あなたの才能に見合わないみたい。そこであなたには、より高度な内容に取り組んでもらうことにしたわ」
「高度な内容……?」
これまでの内容は大体中学一年生ぐらいの内容だったろうか?
僕があまりにもスラスラ解けていたからか、先取り学習が始まり、ペースもかなりハイペースだった。
だが、母上はさらにこの上をやらせるつもりのようだ。
「今日からはあなたとは別に、もう一人、一緒に学んでもらうことにするわ。入りなさい」
母上に促されて、一人の少女が入ってきた。
「久しぶりだね、レオン」
「あ……」
クリーム色の髪の少女。
その姿を見て、僕は胸が高鳴る。
忘れもしない。
かつて、暴走しかけた僕を止め、その生まれを祝福してくれた少女だ。
「あ、と言ってもあの頃は小さかったから、私のことなんて覚えてないよね? 私の名前は――」
「アルフィナ……」
ボソリと呟く。
その名前と姿は僕の脳裏に強く焼き付いていた。
僕は彼女を前世から知っていた。
「そう! よく覚えててくれたね。嬉しいな。あ、気軽にフィーって呼んで欲しいな。友達はみんなそう呼ぶんだ」
そう言ってフィーは僕の手を取る。
その距離感の近さに、僕はどぎまぎしてしまう。
「では早速、始めましょう。これからのカリキュラムは、これまでのようには甘くはない。気を引き締めるように」
それから僕は母上とフィーの三人で勉学に励んだ。
フィーは四つ上なので、内容としては高度だが、それでも問題はなかった。
「すごーい! レオン、どうしてこんな難しい問題も分かるの?」
フィーはどんなことでも素直に驚き、賞賛してくれる。
本当は前世で学んだだけだから大したことではないが、それでもこうして誰かに認められるというのは心地がいい。
母も素っ気ないながらも、勉学に関してはちゃんと褒めてくれるので、俺はこの世界に来て初めて学ぶことが楽しいと思い始めていた。
しばらくすると、フィーに勉強を教える立場にもなり、充実した日々を過ごしていた。
「レオンの教え方ってとっても分かりやすいね。私は算術が苦手だけど、レオンが教えてくれると、スラスラ解けるようになるんだ」
彼女の明るい笑顔は僕の宝だ。
生きる意味の分からない人生だけど、彼女と一緒に学んだり、勉強を教えたりして、彼女と笑い合える。
そんな日々が今の僕には楽しく、それだけで、もう少しこの世界で頑張ろうと思えた。
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