第3話 新たな人生
そして、七年ほどが経った。
あの後、僕らは王都から遠く離れた辺境の地、シルヴァンホロウへと流れ着いた。
エステリア伯爵家が治める領地で、鬱蒼と茂る木々が広がる深い森だ。
伯爵家の領主とその奥方は、母上と幼い頃からの仲らしく、伯爵家は危険を承知で僕らを匿ってくれたらしい。
その森の奥地にある屋敷が、僕らの隠れ家だ。
そこで母のセレナと、メイドのラナと暮らしながら、僕はこの世界でなんとか生き続けていた。
「レオン〜! またベッドの中でゴロゴロとタブレットですか?」
ある日の朝のことだ。
僕はタブレットを手に、日課のネットサーフィンをしていた。
なんで異世界にそんなものがあるのかというと、この世界では大地に張り巡らされた霊脈と呼ばれる、魔力の回路がインターネットの代わりをしてくれているらしい。
そのおかげで、タブレットのような地球に近い技術もこの世界では再現されているらしい。
「もう。起きてください!!」
メイドのラナが毛布を引き剥がした。
外はまだ冬で、一気に寒気が体を冷やしていく。
「何するんだ、ラナ。寒いよ」
「男の子は外で元気に遊ぶものですよ! それなのに、毎日こうしてダラダラと! 私と一緒に遊びましょうよ〜〜〜」
駄々っ子のようにラナが腕を引っ張る。
「ラナだって知ってるだろう。僕は屋敷の外からは出られないんだ」
父に居所を知られるわけにはいかない。
そのせいで僕は、この七年間、一歩もこの屋敷の敷地から出られなかった。
それは酷く退屈で窮屈だったが、おかげで僕らが追っ手に見つかることはなかった。
「で、でも、庭でなら遊べますよね?」
「なんの遊び?」
「えっと、鬼ごっことかかくれんぼとか……」
「落ちモノパズルやってる方が楽しいよ」
前世では外で遊ぶ機会なんてほとんどなかった。
そのせいで僕は、立派なインドア男子になってしまったのだ。
この世界にも漫画やアニメとかがあったりするので、屋敷から出られない生活にもなんとか耐えられた。
「もう! そんなんじゃモテないですよ!! レオンは顔は可愛いんですから、もっとエネルギッシュになりましょう! そして一緒に遊びましょう!!」
しかし、それが不満のようで、ラナが僕の腕を引っ張る。
彼女はアウトドア派なので、今のこの暮らしに、僕以上の退屈さを感じているようだ。
それは少しかわいそうに思う。
「ごめん、ラナ。ラナにはいっぱい苦労をかけてるね」
貧しい家に生まれた彼女は、早々に家を出て、実家に仕送りをするために母に仕えることになった。
そして、結果的に僕の事情に巻き込む形となってしまったのだ。
「そ、そんなの気にしてませんよ! セレナ様は食い扶持がなくて人売りに攫われそうになった私を助けてくれた恩人です。こうして尽くすのは当然です!」
ラナが両手を握り込んで、やる気をアピールする。
母上は家事が苦手だ。
彼女の存在がどれほど助けになったか。
「ラナには感謝してるよ。僕と母上をずっと支えてくれて、それに友達のいない僕と、こうしていつもおしゃべりしてくれるし、ラナがいてくれて本当によかったよ」
僕はとびきりの笑顔でラナに感謝を告げる。
彼女には世話になりっぱなしだ。感謝はちゃんと言葉にせねば。
「レ、レオン〜〜〜……そんな風に言ってもらえて、メイド冥利に尽ぎまずぅ〜〜」
感極まったラナがだんだんと涙声になっていく。
「それじゃあ、外で遊ぶのはなしで」
「レオン〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
涙声のまま、ラナが僕を小突いてくる。
情緒が乱高下してるみたいだ。
7歳になった今でも、生まれた日のことを夢に見る。
殺意と憎悪に満ちた父の表情。彼に従って僕を殺そうとする貴族たち、あの時の光景が頭から離れない。
だけど、スタートこそ酷かったが、今の暮らしはそれほど悪くはない。
「もう、わかりました。それなら室内でできるゲームやりましょう! レオンが発明した例のゲーム。あれやりましょうよ、大富豪!」
そう言って、ラナがベッドに座り込んで僕にもたれかかってくる。
僕はその距離感の近さに気恥ずかしくなってくる。
「ち、近いって!」
「ええ〜。恥ずかしがることないじゃないですか。私は、殿下がこんなに小さな頃からお世話してきたんですよ? 殿下の恥ずかしいところは全部知ってるんですからね!」
「お、覚えてないよ……」
うそだ。
本当ははっきり覚えている。
ラナは幼い僕の着替えを手伝ったり、その……おむつの交換なんかもしていた。
そのせいで、ラナが僕相手に遠慮がないのは分かるが、僕の方はそうはいかないのだ。
ただ、彼女の存在は僕にとっても救いだった。
母上が無口な代わりに、ラナは僕の話し相手になってくれるし、こうしてゲームの相手もしてくれる。
ちなみに大富豪はこの世界では生まれなかったらしく、ラナは僕が考えたゲームだと思い込んでいる。
とはいえ、これからの人生がどうなるかは分からない。
レオンは自分の境遇への恨みと、主人公であるカイルへの嫉妬心から、やがては世界を滅ぼそうとする。
その未来を回避するのは、これからの僕次第だ。
――カッ。カッ。
その時、廊下に靴音が響いた。
その音だけで、僕には誰が来たのかわかった。
「ありゃ、もうそんな時間ですか? ゲームはお預けですね……殿下が早起きしないからですよ」
ラナが理不尽なことを言っていると部屋の戸が叩かれ、赤い髪の冷たい目つきの女性が入ってきた。
「レオン、稽古の時間です……って、まだ着替えていなかったのですか? 早く、支度をなさい」
赤い髪の、すらっとした体躯の女性――母上が素っ気なく言い放つ。
「は、はい」
母上の声を聞くと、少し緊張する。
彼女の用件は一つ、剣術の稽古だ。
この国でもトップクラスの騎士だけあって、その稽古は厳しく、どうしても前世のことを思い出してしまうのだ。
母上は、僕を否定したり、誰かと比較するような言い方はしないが、それでもどうしても緊張は拭えない。
だが、そうも言ってられない。
僕はベッドから這い出ると、支度を始める。
「お着替え、お手伝いましょうか?」
「い、いらないよ! いいから出てって!」
僕はラナの背中を押して追い出すと、稽古用の衣服に着替える。
いまだに、前世の母の影は拭えない。それでも僕は稽古に臨む。
僕――レオンはいずれ、最低最悪のクズキャラとなって、この世界の人たちを不幸に追いやる。
だけど僕は、そうはなりたくなかった。
だからまずは力を付けようと思う。
父は僕の命を狙っている。
そして、いつかはラナも……
今の僕には、どんな危険もはね除ける強い力が必要だ。
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