第30話 不埒
ジェラルドの死を確認した後、僕らは状況を確認する。
「あ……ドレスが……」
戦いを終え、僕の鎧とフィーのドレスが元に戻っていく。
つまりそれは直前までの彼女の姿に戻るというわけで……
フィーの衣服はジェラルドに裂かれた時の状態に戻ってしまった。
「フィ、フィー、前を隠して……ほら」
僕はコート差し出して、彼女に着てもらおうとする。
しかし、彼女はなぜか受け取ろうとしない。
「どうして隠す必要があるの? もしかして、照れてる?」
「あ、当たり前だろ」
「さっきはキスだってしたのに?」
「あれは、戦いの高揚というか、気分が盛り上がってたから……」
戦いが終わって、ふと落ち着いてみると、とんでもないことをしでかしたと思う。
それに今はまともに彼女の顔を見られる気がしない。
まさか、自分がフィーに選ばれるとは思ってなかった。
てっきりフィーは、原作通りカイルのことが好きなのだと思ってたし。
「ね、キスしようか?」
「な、なんで急に――むぉっ!?」
問答無用でフィーが口を塞いでくる。
その瞬間、僕の頭に電気のようなものが走り、何も考えられなくなってしまう。
「んっ……どうだった?」
「ど、どうって……頭が真っ白になって……」
「私も」
そう言って彼女は顔を赤くさせて、そっと微笑んだ。
その笑顔がとても可愛らしい。
「でも、すごくいいな。眷属になるためとか、そういう理由のない、二人がただ求め合うだけのキスなんだよ?」
「う、うん……」
なんとも気のない返事をしてしまった。
というか、前世を含めても全くこういう経験がなかったせいで、どうすべきなのか全くわからない。
精神が体に引っ張られてるとはいえ、一応前世も含めると精神年齢はかなりいってるはずなのに。
その時、わざとらしい女性の咳払いが聞こえてきた。
「その、二人とも。今はそうしている場合では……」
フィーの母――アイリスさんだ。
しまった。彼女はずっとこの場に立ち会っていた。
当然、今の流れを全て見ていたはずだ。
「あ、あの……アイリスさん……その……」
この状況はまずい。
経緯はともかく、結果だけ見れば、僕は娘を寝取った間男になってしまう。
僕はなんとかこの場を切り抜けようと頭を巡らせる。
どうする? 土下座か? この世界にも土下座文化はあるらしいし。
いや、それとも口封じを? って何を考えて……
混乱していると、フィーが僕に腕を絡ませてきた。
「お母様、私はレオンを生涯の伴侶とします。カイルとの婚約は破談ということでお願いします」
一方のフィーは堂々たるものだ。
この状況に全く動じていない。
アイリスさんはそれを聞いてそっとため息をつく。
「正直、どういうことかと混乱していますが、今はそれよりも大事なことがあります」
「レ、レオン様〜〜〜〜」
しばらくして、エーファがやってきた。
それと同時に、僕は大事なことに気付く。
「イライザ!!」
彼女はカイルに背後から刺されたはずだ。
無事なのだろうか?
僕らはイライザの元へと駆け寄る。
「っ……ぁ……」
かろうじてイライザは生きていた。
しかし……
「これは非常に危険な状態ですね」
アイリスさんが容態を診て、即座に治癒術を発動させる。
「出血多量で、意識は朦朧としている。生きているのが不思議な状態です。私の治癒術で治せるか……」
アイリスさんもまた、聖女と呼ばれる人物だ。
その治癒の力は計り知れないが、そんな彼女でも救うのは難しいという。
「そ、そんな……いや!! お母様!!」
エーファの悲痛な叫びが響く。
「レオン様、お願いします。お母様を助けて!!」
彼女が縋り付いてくる。
しかし、どうすれば……
「お母様はその、頼りないけど……お兄様が酷いことして、注意しても全然聞かないけど……でも、私には優しくしてくれて……いつもお兄様を止められなくてごめんって謝ってくれて……ケーキも作ってくれるけど、下手くそで……」
褒めてるのか貶してるのか。
いや、割と貶し寄りだが、それでもエーファにとっては大事な家族だと言うことは伝わってくる。
それにしても意外な人物像だ。
イライザについては、原作ではあまり掘り下げがなく、てっきりドミニクと一緒にエーファを虐げていたのだと思っていたが……
「ごめん。何か方法があれば……」
しかし、アイリスさんでも治せないものは、どうしようも……
「方法ならあるよ。多分」
その時、フィーがある提案を口にする。
「その人も眷属にすれば、私の治癒術が効くようになるもの。元気な人から生気を分けることだって」
「なるほど。でも、眷属か……ということは……」
イライザの方を見る。
年はかなり上だけど、確かに見た目は綺麗な人だし……
というか無理やりキスをするというのも……
「ちなみに、血を飲ませるだけで十分だよ。深く結びつきたいなら粘膜同士が触れ合う必要があるけど、そうすると普通の治癒術も効かない体になっちゃうから、血だけの方がいいと思うよ。その分、私の治癒術の効きもゆっくりになっちゃうけど、命は助けられると思う」
「そっか、血を飲ませるだけで大丈夫なんだな」
「なんか、残念そうにしてない?」
「そ、そんなことないって!!」
フィーがからかってくるのをよそに、僕は彼女に血を飲ませる。
しかし、これはこれでなんというか、なんとも背徳的だ。
「それじゃ治療してみるね。生気は……」
「わ、私のを使ってください!」
エーファが申し出る。
確かに血縁関係がある方が良さそうだ。
なんとなくイメージ的に。
それから、フィーは治癒術をイライザに施す。
「っ……くっ……ぁあああ!?」
時々、苦痛から声を漏らすが、フィーによると生きようとしている証らしい。
しばらくして、フィーがゆっくりと口を開く。
「うん。なんとかなりそう。目覚めるのにはしばらくかかるだろうけど、少なくとも命はなんとかなったはず」
「本当か?」
「あ、ありがとうございます!! アルフィナさん」
「良かったな、エーファ」
僕は彼女の頭をそっと撫でる。
すると、何やら鋭い視線を感じる。
「レオンくん……」
「レオン、つかぬことをお聞きしますけど、彼女とはどういう関係なのでしょうか?」
アイリスさんとフィーが問い質してくる。
まずい。どうやら、ここしばらく一緒に過ごしていて、妹的な感覚が身についてしまったようだ。
「あ、あの、ち、違うんです。その!!」
ありがたいことにエーファが助け舟を出してくれる。
誤解を生んでしまったが、彼女がきっぱり否定すれば特に問題はないだろう。
「その……私とレオン様は、アルフィナさんが思ってるような関係ではなく……」
「でも、その割には随分と親しそうに見えましたが」
鋭く質問を投げかけてきたのはアイリスさんだった。
側でフィーもうんうんと頷いている。
「そ、その、それは……私がレオン様の奴隷ってだけで、深い意味はないんです!!!!」
おい!!!!!!
それはなんの釈明にもなっていなかった。
むしろ、火に油を注いだだけであった。
「レオン、どういうことなの? 奴隷って?」
「これは詳しく話を聞く必要がありそうですね」
フィーとアイリスさんがすごい勢いで迫ってくる。
とにかく僕は正直に話すことにした。
ドミニクの一件以来、カイルが彼女に厳しい目を向け、暴力を働いたこと、そしてドミニクがフィーを付け狙うために、彼女から情報を得ようとしたことなど、当たり障りのない範囲で僕は必死に話す。
「そ、そっか、私のために頑張ってくれたんだね、レオン」
必死の釈明により、フィーはえらく上機嫌になっていた。
ちょろい。
「そういう事情なら……ともかく、不埒な関係でないようで良かったです」
「もちろんです!! レオン様は一緒に添い寝しても、何も酷いことはしてこないほど紳士的な方で……!!」
おい!!!!!!!!!!!!
わざとか? わざとなのか?
それから僕は二人の詰問を受けることとなったのだ。