第28話 フィーの覚悟、カイルの過ち
「ぎゃあああああああ!!!!! 痛い、痛い、痛いいいいいいいいいいいい!!」
ドミニクが右目を押さえて悶絶する。
だが、今は彼のことはどうでもいい。
僕は彼を剣で思い切り殴りつけると、これ以上喚かないように気絶させる。
今の問題はフィーのことだ。
「フィーを放してもらうぞ!」
しかし、僕より先に前に出たのはカイルだ。
カイルは、凄まじい形相で剣を振るうと、ならず者たちは一瞬で切り伏せられる。
「フィー、無事か?」
「カイル、来てくれたの?」
「ああ。だけど、酷い格好だ……」
あの衣服の裂け方、恐らくはジェラルドの槍で切り裂かれたのだろう。
あの男の腕なら、ハサミで紙を切るように、女の服を裂くなど容易いことだ。
カイルは着ていたコートを彼女に掛けようとする。
しかし、フィーはゆっくりと首を横に振り、それを拒否した。
「な、どうして……」
「今はあの男をなんとかしないと……」
フィーが杖を拾い上げて、ジェラルドを睨みつける。
「バカな考えはよせ。お前が敵う相手じゃない」
「知ってる。でも、どうしようもないの。お父様は殺され、お母様も人質に取られてる。私は、そんな状況で何もしないで逃げられるような器用な人じゃないの……」
彼女の強い情が、合理的な選択をさせてくれない。
それは彼女自身が一番理解しているのだろう。
「それでも駄目だ。フィー、君に復讐なんて似合わない。君は優しくて、清廉で、こんな血生臭いことをしていい人間じゃない」
「何それ……カイル何も分かってないよ。私はそんな立派な人じゃ……」
「もういい。なら、俺が片を付ける」
これ以上の問答は無駄と悟り、カイルはジェラルドに斬りかかる。
「お前が……お前さえいなければ、フィーはこんなことに……」
目にも留まらぬ速さで剣を振るうと、カイルは力任せにジェラルドに剣を振り下ろしていく。
「おやおや、それは先日、レオン様に対して向けていた言葉でしょう? なんでしたか、『あいつさえ居なければ、フィーは不幸にならなくて済む』でしたっけ?」
「黙れえええええええ!!」
一方のジェラルドは余裕そうな素振りでカイルをいなしていく。
その動きは思わず見惚れてしまうほどに洗練されており、身体能力こそ原作の最強状態に近いとはいえ、技術や動きが荒削りなカイルでは、太刀打ちができないようだ。
「それにしても、なんだあの動きは……?」
僕は戦況を見守りながら、ジェラルドの一挙手一投足に目を凝らす。
確かに原作でも強力な騎士ではあったが、ジェラルドの強さは常軌を逸しているように思える。
カイルと同様、ジェラルドの強さもまた、高みに至っている。そんな気がした。
「舐めるなぁああああああ!!!!」
直後、裂帛の気合いと共に、カイルの渾身の一撃が振るわれた。
それは地面に巨大なクレーターを作り上げ、周囲の木々を根こそぎ吹き飛ばすほどの威力だ。
まともに受け止めればただでは済まないだろう。だが……
「大した一撃です。だが、私には通用しない」
巻き起こった土煙の中から、稲光が奔った。
やがて、中から無傷のジェラルドが現れる。
その全身には紫紺の鎧を纏っており、計り知れない魔力の奔流が巻き起こっていた。
「あなたなど、ここで消えても大勢に何ら影響はありません。大人しくここで朽ち果てなさい」
雷光の如き速度でジェラルドがカイルに迫る。
「なっ……!?」
ジェラルドの得物が馬上槍のような巨大なものに変化したかと思うと、ジェラルドはそれを振るいカイルの剣を弾き飛ばす。
間違いない。あれはジェラルドの《神鎧装》だ。
彼も母上に匹敵するほどの騎士ならば、当然あれを召喚することも可能だ。
「カイル……!!」
これでは分が悪い。
僕は咄嗟に剣を抜いて、カイルを守ろうと駆け出す。
しかし、間に合わない。
「かはっ……」
程なくして、ジェラルドの槍がカイルを刺し貫いた。
カイルは、槍に持ち上げられると、だらしなく手を伸ばし、剣を落とす。
「さて、邪魔者はこれで片付きました」
槍に刺さったカイルを掲げながら、ゆっくりとジェラルドがフィーの元へとやってくる。
あれが《串刺し男爵》と呼ばれる由縁だ。
槍を用いた戦場での闘いぶりは勇猛果敢で、刺し貫いた敵をああして掲げ、敵の戦意を奪っていく姿から、いつしかそんなあだ名がつけられたのだ。
「あ……あ……カ、カイル……」
どさりと、ジェラルドがフィーの前にカイルを放り投げた。
「今度は……カイルまで……」
「ええ、そうです。私は村を焼き、あなたの父を殺し、母を辱めた。そして今、あなたの婚約者をこんな目に遭わせた」
「あなたの……あなたの目的はなんですか? どうしてこんな……」
ジェラルドの一連の動きは奇妙だ。
てっきり彼女を捕えることが目的かと思ったが、必要以上に彼女を甚振ることを目的としているようにしか見えなかった。
「その表情が見たかったのですよ。惨めで無力な聖女候補。所詮、貴い力を継ごうとも、今のあなたには何もできはしないのです。さて……」
ジェラルドが槍を振り上げた。
カイルにトドメを刺そうとしているのだろう。
「っ……!?」
咄嗟にフィーが杖を構える。
「待って、フィー……!?」
その時、僕は嫌な予感がした。
ジェラルドの殺気が、フィーに向けられたような。そんな気がした。
核心には程遠い、微かな予感でしかなかった。
だが一瞬にも満たない僅かな刹那、僕はフィーを守ると決め、前へと飛び出した。
「かはっ……」
なんとか剣を振るい、フィーに迫る槍を逸らす。
しかし、完全には押さえきれず、僕は左肩に槍の一撃をもらってしまうのであった。
「素晴らしい反応速度です。まさか、今のを阻止されるとは……」
「レ、レオン……フィーを連れて逃げろ!!」
その時、かろうじて致命傷を逃れたカイルが叫ぶ。
確かに、ここは引き際だが……
「あなたは黙っていなさい!!」
ジェラルドが乱暴にカイルの頭を踏みつける。
「ぐああああああああ!!!!」
カイルが絶叫する。
どうする? 今ここで逃げれば、アイリスさんは助けられない、カイルも置いていくことになる。
だけど、フィーを助けるには……
「お願いレオン……」
その時、フィーが僕の服の裾をギュッと掴んだ。
「レオンの力を貸して……あなたなら、あの男を……あいつだけは生かしてはおけない。だから力を貸して……」
「ま、待て、フィー……ダメだ! 逃げるんだ!!」
カイルの慌てた声が響く。
だが、今度はジェラルドは先ほどのように、カイルを戒める様子はない。
どうやら、今のこの状況を静観しているようだ。
「フィー、本当にいいの? 復讐をすれば、君は後には引き返せなくなる」
原作のフィーは、カイルの説得で復讐を諦める。
そして、自分の中の昏い感情に蓋をして、故郷や家族のような犠牲者が出ないように、戦うことを決意する。
彼女が生存するには、憎しみを乗り越える必要があった。
しかし……
「嫌なの。お父様も、お母様も、村のみんなもこんな目に遭わされて、何もできないままの自分が……」
フィーとカイルは、この事件を受けて、反帝国を掲げる反乱軍に加入する。
今の言葉は、その時のフィーの決意のセリフだった。
「でも、僕だけであの男を倒せるか……」
この世界に来て、僕は強くなろうと自分を鍛えてきた。
だけど、今のジェラルドの力は圧倒的だ。
果たして敵うのだろうか。
――敵わぬことはなかろう。既にその力は其方に備わっているはずだ。
声が聞こえてきた。
何度も僕を苦しめてきたあの声だ。
だが今は不思議と、不快感を感じない。
――其方ならこの力を御することができるはずだ。その片鱗は既に見せているであろう?
僕の体から蒼い炎が巻き起こる。
あの不気味な力でも、父の忌々しい炎でもない。
僕は母上の魔力を継いだんだ。
この力があれば、きっとあの男だって……
「フィー、君の力も貸してほしい。あいつを倒すには君がいないとダメなんだ。僕と一緒に戦おう」
「うん。あの男を殺して、それでみんなの無念を晴らせるなら……」
「やめろ……やめるんだフィー。そんな男の甘言に惑わされちゃ……」
カイルの懇願するような声が響く。しかし……
「悪いけど、カイル。フィーは君には任せられない」
「な、なんだと……」
僕はフィーの腰を抱き寄せる。
原作のカイルの存在があって、僕は今まで一歩身を引いていた。
僕は二人を守れればそれでいい、そして二人がくっついて幸せになればそれでいいと思ってた。
「君じゃ駄目なんだ。君は今まで一度だってフィーを守っては来なかった。いつも逃げて、言い訳をして、安易な救済にしがみついて道を間違えた」
「やめろ、やめろやめろ!! フィーはお前のその力で穢していい子じゃない!! 彼女を歪めるなああああああああ!!」
カイルの雄叫びが森に響く。
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