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第2話 逃亡

 少女が僕をそっと優しく抱き留める。

 僕はしばらく、その温もりを噛み締める。


 そうしていると、ヴィルヘルムが嘲笑ちょうしょうするかのように鼻を鳴らした。


「フン……何も知らない子供が……かまわん、引きがせ」

「よ、よろしいのですか? 彼女は聖女候補で……」

「引き剥がすだけなら、なんの問題もなかろう。それよりも、そのけがれた子の始末の方が先だ」


 周りの大人たちが、僕と彼女を引き剥がそうと迫り来る。


 ――キンッ!


 直後、それを阻むかのように鮮やかな剣閃けんせんと蒼炎がほとばしった。


「なっ!? この炎は……《剣姫》の……」


 貴族たちが後退あとじさる。


「はぁ……はぁ……させない」


 僕らを庇うように立ちはだかるのは、先ほどまでベッドの上で朦朧もうろうとしていた赤い髪の女性――僕の母だ。

 いつの間にか剣を奪ったのか、その手には豪華な装飾の剣が握られている。


「セレナ……穢れた子を産んだ魔女め。構わん。奴ごと殺せ!」


 自分が子供を産ませた相手だというのに、父は躊躇ちゅうちょなく殺害を命じる。

 しかし母は、襲いかかる貴族たちを、振るった剣の風圧だけで吹き飛ばす。


「ここから逃げないと……」


 母は、少女から僕を受け取ると、一目散にその場から抜け出した。


「追え! 必ず奴らを殺せ!!」


 父の怒号を背に、母は離宮を駆ける。

 道中、彼女を止めようと兵士たちが襲いかかるが、母は目にも留まらぬ速さで切り伏せてしまう。

 とても産後の体とは思えないほど身軽だ。


 やがて、離宮の門扉もんぴを開くと待っていたのは、高層ビルが立ち並ぶ王都の絶景と鮮やかな夕日だった。

 この離宮は王都の上空を周遊する浮遊島に築かれている。


 こんな非常事態でなければ、その光景に心を奪われていたかもしれない。


 母は夕日を背に島の外縁がいえんへと向かう。

 そこには小型の飛行艇が停泊しており、女性はそれを強奪すると、一気に王都郊外へと飛び立つ。

 すると、一台の車がやってきた。


「セレナ様、ご無事でしたか!?」


 運転席からいかにもメイド風の装いをした、黒髪の少女が顔を出した。

 どうやら母の協力者のようだ。

 だけど僕はその姿を見て驚く。少女はとても幼く、せいぜい十かそこらだ。


 彼女は多分、僕の従者だ。

 確かに原作の年齢を考えれば、これぐらいの歳にはなるが……


 とはいえ、そんな年端も行かない少女が、車を運転しているとは……

 この世界の常識は、やはりどこかで僕の知るものと違っているようだ。


「ラナ、追手がくる。すぐに車を出して……」


 それから女性は僕を抱えて車に乗りこむ。

 ラナと呼ばれたメイドが車を発車させると、僕らはすぐさま王都から離れる。


 徐々に離れていく王都の街並みをながめながら、僕は思案する。

 ここは一体、どういう世界なんだろう?

 僕はおぼろげながらこの世界についての記憶を持っている。


 僕が生まれたのはアルドリア王国の王都アルテアだ。

 中世のヨーロッパによく似た剣と魔法の世界。


 だけど、今僕が目にしているこの世界は、僕の知るゲームの世界とどこか違っていた。

 島が空に浮き、小型の飛行艇が飛びい、こうして車も実用化され、道路も整備されている。


 文明レベルは僕が元々いた世界によく似て……いや、魔法と化学が融合ゆうごうしている分、こちらの世界の方が発展している。

 ファンタジー世界というにはあまりにも近未来的だった。


「追手の姿は見えない。これなら、なんとか……」

「ひとまず、一安心ですね」


 運転席に視線をやると、ラナがハンドルから手を離している。

 自動でハンドルが動いているので、どうやら高度な自動運転が実用化されているようだ。

 だから幼い彼女でも車を走らせることができるのだろう。


「少し、疲れたわ……」

「無理もありません。でも、まさか本当にこんなことになるなんて」


 僕を抱きかかえる赤毛の女性――母がため息を吐く。

 彼女のことも記憶にある。僕を産んだ母親セレナだ。


 彼女は《剣姫けんき》と呼ばれる、王国でも五指に入る騎士だ。

 僕を産むまでは、王都守備隊と呼ばれる、首都の警察組織に所属し、数多くの犯罪組織を壊滅させてきた。


 そのため王都に住む者なら誰もが知る程の騎士で、その強さと優しさから多くの人々から慕われている。

 しかし、僕を産んだばかりに、今では逃亡生活に身をやつすことになってしまった。


「ラジオをつけてくれるかしら?」


 母にうながされて、ラナがパネルを操作する。

 すると、穏やかな音楽と共に音声が流れてきた。


 ――夕方のニュースをお知らせします。本日は王都でも桜の開花が確認され、エリン公園では一足早く桜景色を眺めようと、観光客が集まりました。


「やはり私たちのことは公になってない。予想通りね。今はとにかく北に向かいましょう……」


 それから夜の闇に包まれながら、僕らは北へと走っていった。

 いくつかの小都市を経由して、広大な国土を駆ける。


 僕は今日のことを振り返る。

 前世でやったゲームの世界に僕は転生した。

 そこはどこか原作と違っていたが、現れる人物たちは知っているものばかりだ。


 そして、レオンハルト――それが僕の名だ。


 生まれた瞬間に、父に命を狙われ、その後は数々の刺客を送り込まれる。

 これから僕に待つのは過酷な運命だ。


 だけど、いつの間にか僕の不安は払拭ふっしょくされていた。


 さっきまでは、未知の世界に生まれ、いきなり殺されそうになって、僕はどうすればいいか分からず、ひどく心細い気分だった。

 赤子の肉体になったことで、精神も引きずられていたのだろう。


 だけど……


 ――おめでとう、レオン!! うまれてきてくれて、ありがとう!!


 先ほどのクリーム色の髪の少女の声が蘇る。

 彼女は、こんな僕の生まれを祝ってくれた。


 これまで誰にも必要とされなかった僕が、初めて誰かに存在を認められたのだ。


 そして今、その手に僕を抱く母親。

 彼女は追手から僕を守ってくれた。


 今はけわしい表情を浮かべて、僕とは一度も視線を合わせない。

 何を考えているのかは、分からないけど、それでも前世の母親とは違う。そんな気がした。


「ふわぁああ……」


 やがて、眠気が襲ってくる。

 赤子の体力ではいつまでも起き続けることはできない。


「ゆっくり眠りなさい。赤ちゃんの仕事は泣くことと寝ることよ」


 母があやすように僕をらす。

 その声は冷たく、何を考えているのかはうかがい知れない。

 それでもこの揺れの心地よさにつられて、眠気が極まっていく。


 僕はなぜかゲームの世界に、それも最悪の裏主人公であるレオンとして生まれてしまった。

 正直、最悪なスタートだ。

 だけど、それでもこの世界には希望がある。


 その分だけ、前世よりずっとマシだった。

 それに、完全ではないけど、前世の記憶も少しだけある。

 これを頼りに、僕はこの世界で真っ当に生きるんだ。


 前世では、僕は生きることを諦めてしまった。

 だけど、せめてこの世界では……


 僕はこれからの決意を胸に、ゆっくりと眠りに落ちていくのであった。

 お読みいただいてありがとうございます!!


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