第26話 カイルの選択
村中に怒号と悲鳴が響き渡っていた。
あちこちで火の手が上がり、武装したならずものたちが、次々と村の人たちを襲っている。
男は皆殺し、女は……
凄惨な光景だった。
「いや……やめて、いやああああああああ!!!!」
女性の悲鳴が聞こえる。
間違いない。フィーの親友のアンナだ。
「よう。アンナ覚えてるか? 俺のことを?」
「やめて……酷いことしないで、ダニエルおじさん……」
「酷いことだ? テメエのせいで、俺がどんなクソみたいな人生を送る羽目になったのか知らねえとは言わせねえぞ!!」
小汚い男性が馬乗りになってアンナの顔面を殴っている。
確かアンナの伯父だ。
アンナの両親が亡くなった後、彼女を引き取った男だが、彼女に乱暴しようとした結果、村を追放された。
この先の展開も覚えている。
彼女はアンナに対して、屈辱的な行いを繰り返し、その果てに殺害してしまう。
「させるか……」
男の魔手がアンナに伸びた瞬間、僕は躊躇なく男の首を刎ねた。
鮮血が飛び上がり、アンナに掛かってしまう。
「あ……あ……」
極限の恐怖で、アンナはうまく喋れないようだ。
僕はしゃがみ込んで、なんとか彼女をおちつかせようとする。
「大丈夫。もう大丈夫だから……悪い奴は僕が全員追い払う」
「う、うん……あ、ありが……とう」
アンナの声が震えている。
先ほどまでの恐怖が染み付いているのもそうだろうが、もしかしたら返り血を浴びた僕のことも恐れているのかもしれない。
もう少し、スマートに助ければよかった。
「あ、あの……フィ、フィーとセレナさんが……」
アンナは屋敷に続く道を指差す。
僕は感謝を告げると、ゆっくりと立ち上がる。
「まずは、この連中を片付けないと……」
どうやら、廃村にいたならずものたちのようだ。
このような蛮行を行うにあたって、ジェラルドは正規の騎士ではなく、ならず者たちを使ったのだろう。
僕は剣を強く握り込むと、蒼炎を巻き上げる。
そして、それを操ると、ならず者たちを一瞬で焼き払う。
「よし、これでいい」
僕は屋敷へと走り出す。
恐らく、カイルはもう先に行っているだろう。
「それにしても母上、どうして……」
僕はそこで一つ、ある疑問が思い浮かぶ。
母上がいながら、どうして村がまんまと襲撃を受けてしまったのだろうか。
彼女の腕なら、この程度のならず者はあっという間に片付けられるだろう。
それにジェラルド相手に遅れをとるというのも考えづらい。
「なんだか嫌な予感がする……」
僕はフィーと母上の無事を祈る。
そして……
「かはっ……」
誰かが血を吐いた。
僕は焦燥感に駆られ、全速力でその場へと駆けつける。
「母上!!」
その時に見たのは、母上が剣を貫かれ、膝をつく姿であった。
側ではカイルも倒れ込んでいる。
一緒に戦って、やられたのだろうか。
「ぐっ……ぁああっ……」
一方で、下手人もまた、母上の炎に焼かれ瀕死の状態に陥っていた。
それはジェラルドではなく、仮面をつけた男であった。
一体誰だ? 僕の知らない人物のようだが……
「おお、ご、ご無事ですか?」
どうやらジェラルドよりも上の立場の人間なのだろう。
ジェラルドが丁寧な態度でその身を案じていることがその証だ。
「こちらも痛手を負った。よもや相打ちに持ち込むのが限界とは……」
「後は私が片をつけます。どうか、ここは撤退を」
「そうさせてもらうとしよう。だが、しくじるなよ」
仮面の男はそう言い残すと、転移の術のようなものでその場から消え去るのであった。
「今の人物は一体……いや、それよりも……」
僕はジェラルドに視線をやる。
その腕の中には、フィーがいた。
「フィーを放せ……!」
「ええ、構いませんよ」
どういうつもりなのか、ジェラルドはあっさりとフィーを解放した。
僕はこちらにやってくるフィーを受け止める。
「フィー……無事だった……かい」
そう声をかけようとして、僕は言葉を失ってしまう。
フィーの様子は想像だにしないものだった。
「どうして、そんな顔をしてるの……?」
フィーの表情は、絶望と怒りに染まっていた。
一体、ここで何が……
「さて、アルフィナ様。私は森の奥で待っております。今となってはただ一人のご家族です。どうか賢明なご判断を」
ジェラルドはそのまま森の方へと消えていく。
「っ……ぁ……」
やがて、カイルが目を覚ます。
どうやら母上ほど重症ではないようだ。
「まずは、セレナさんを治すね」
これまで聞いたことのない声色で、フィーはそう言う。
母上は気絶しているが、フィーの治癒術でみるみるうちに傷が塞がっていく。
どうやら、致命傷は避けられたようだ。
「フィー、一体何があったんだ……?」
治療を終え、カイルが尋ねる。
フィーの様子がおかしいことに、カイルも気付いているようだ。
「村が焼かれて……村の人たちも大勢殺された。酷いことをされた人も……あの男は、私にその光景を見せつけた」
村の状況は凄惨だった。
フィーはこの村を治める貴族の娘だ。
親しい人が大勢いたはずだ。彼女は、彼らが惨い目に遭うのを目の前で見せられたというのか。
「酷いことしやがる……そうだ、フィー。エドワードさんたちは? 無事なのか?」
「……っ」
カイルの質問に、フィーは口を閉ざした。
全身が怒りに震えている。
「お父様は……お父様はあの男に……くっ……」
怒りと悲しみがないまぜになっている。
まさか、こんなことになるなんて……
それじゃ、ジェラルドのさっきの言葉は、どういう意味なんだ?
今となってはただ一人の家族……確かにそういった。
「もしかして奴は、アイリスさんを人質に……ってこと?」
フィーの母親だ。
ジェラルドは森に彼女を繋いでいるということなのだろう。
「あいつは、お母様の命が惜しければ森まで来いって……」
「どうして、そんな要求を……?」
ジェラルドの真意が読めない。
フィーが目的なら先ほど捕らえていたのだからそのまま連れて行けばいい。
なのに、どうして解放して自分から森に来させるような真似をするんだ?
僕は原作の流れを思い出す。
原作では、ここで殺されるのはアイリスさんと、そして親友のアンナだった。
そして、フィーは……
「私、森に行ってくる。お父様の、お父様の仇を取らないと……」
フィーの瞳が憎悪に染まる。
彼女は家族と村、その両方を失ったことで、激しい憎悪に染まってしまうのだ。
フィーは杖を手に、森へと向かう。だが、それはあまりにも無謀だ。
だが、原作通りなら……
「待て、フィー」
カイルがフィーを呼び止める。
「ダメだ。森に行ったら」
「どうして? どうして止めるの……?」
そう。ここでカイルが引き止めるのだ。
「あのジェラルドは強力な槍使いだ。お前が敵うような相手じゃない」
「そんなの分かってる!! でも、お父様を殺されたんだよ!? 村の人だって大勢死んだ……今度はお母様かもしれない……なのに、何もするなって言うの?」
「当然だろう! フィーが戻ってどうなるんだ……むざむざ殺されるだけだ」
「それでも、それでも私はここで逃げたくない」
「だからって復讐なんて、君のお父様はそんなこと望んでいない。そんなことしても君の家族も、村の人達だって戻ってこないんだ!」
「っ……カイルの馬鹿……どうして分かってくれないの」
僕は思わずため息を吐きそうになる。
それは考えうる限りで、最悪の説得だった。
フィーは優しく、愛情深く、家族や友人を大切にする子だ。
それだけに、彼女の胸に湧いた憎悪は計り知れない。
ありきたりな説得では彼女の心は変えられないのだ。
「もういい……私一人で行く」
直後、フィーは転移の術を発動させた。
「な!?」
僕はその光景に驚く。
確かにフィーは、並外れた魔術の才能を持っているが、だからといって転移が使えるようになるほど成長しているとは……
「早く追いかけないと……カイル、君も来い!!」
僕はカイルを連れて森の方へと向かう。
本編前の最後のイベントだ。
本来なら、カイルが説得に失敗した時点で、フィーのバッドエンドが確定する。
ならず者たちの慰み者にされ、ドミニクの奴隷として飼われることとなる、それがフィーの未来だ。
だけど、これはゲームじゃない。
まだ挽回できるはずだ。
僕は必ずフィーを救ってみせる。
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