Side イライザ 陰謀
わたくし――イライザが生まれたのは、貧乏な地方貴族の家だった。
ちょうど父の代で大規模な魔獣の襲撃を受け、土地が汚染されてしまったのだ。
そのせいで農業はほとんどできず、ブドウを栽培してなんとか凌いでいた。
屋敷も売り払ったため、茅葺き屋根に質素な干し草のベッドが置かれた質素な家で暮らし、硬いパンと味のないスープで日々の飢えを満たしていた。
そんな庶民となんら変わらない生活を送っていたが、両親はわたくしを大切に育ててくれた。
わたくしが飢えないよう、二人は自分たちの食べる分を回してくれたし、将来困ることがないようにと様々な教養を叩き込まれた。
おかげで、わたくしは立派に成長した。
容姿にも恵まれていたらしく、周囲からは美貌を讃えられ、求婚を申し込まれることも珍しくなかった。
しかしある日、人生に転機が訪れた。
ヴィルヘルム陛下が村を訪れたのだ。
「ほう。こんな寂れた村にまさかとは思ったが、これほどの美姫が隠れ潜んでいたとは」
どこからかわたくしの噂を聞きつけた陛下は、わたくしを娶りにきたという。
この国では国王だけが重婚を許されている。
数いる王妃の一人になれと、陛下は言ったのだ。
「その……わたくしには心に決めた人がおりますので……」
わたくしは村に想い人がいた。
平民出の青年だが、腕が立ち、騎士にも叙勲され、そして何よりも笑顔が眩しく、優しい人だった。
わたくしは彼と恋に落ち、両親も快く認めてくれた。しかし――
「ああ。心に決めたというのはこの者のことかね?」
臣下にずた袋を持って来させると、陛下は無造作に首を取り上げた。
「――っ!?」
私は言葉を失った。
吊るされていたのは、わたくしの婚約者の首であった。
力が抜け切って、だらしない表情を浮かべ、生前の面影はまるでなかった。
その日、わたくしは国王の妃となった。
愛などではない。
いずれ我が子を王位に据え、村を復興させ、必ずこの男を滅ぼすと誓ったからだ。
*
「それで、この私に何をしろとおっしゃるのですか?」
わたくしはある夜半、村から離れた廃村で一人の男と会っていた。
周囲にはいくつか死体が転がっている。さらに周辺には、何を考えているのかわからない表情で、廃村の住人たちがこちらを見つめていた。
「ああ、気になりますか? 彼らは私の協力者です。一部、あまり従順ではない者もおりましたが、消えてもらいましたのでご安心を」
平然と言ってのける姿に、思わず唾を呑む。
目の前の男の名前はジェラルド。
見ての通り残忍な男だが、この国でも屈指の騎士出、恐らくあのセレナと伍する実力者だ。
こうして人目を忍んで、彼と会うのには理由があった。
「ドミニクが王位に就くには、手柄が必要です。我が国は実質帝国の属国です。宗主国たる彼らに認めてもらうべく、我が子も功を上げねばなりません。そのためにはエステリア伯爵を――」
「ああ、なるほど、暗殺の依頼ですか」
わたくしの言葉を遮るようにジェラルドが言う。
「そこまでは言っておりません。ただ、彼を捕らえていただければ……」
エステリア伯爵は、帝国に服従した国王に対して、叛意を抱いている。
そして密かに他の反帝国派の貴族とも連絡を取っており、その身柄を捕らえたとなれば、帝国の覚えもめでたいはずだ。
「さすがはイライザ様。辺境出身ながら、王宮で生き抜いてきただけありますな。ですが……」
突如、背中に鋭い感触が奔った。
「イライザ様の目論見は全くの見当はずれなのですよ」
「…………かはっ」
どろどろと生暖かいものが漏れ出る。
同時にわたくしは急速に意識を失っていく。
「ジェラルド、これでいいんだな?」
薄れゆく意識の中で声がした。
確か、最近も聞いたことがあるような……
「ああ。帝国はエステリア伯爵の命など求めてはいない。貴公は正しいことをしたのだ」
「これでフィーと伯爵は?」
「ああ、命は保障しよう。だが、そのためには……わかっているな?」
ジェラルドが青年の肩を叩く。
間違いない。あれは村にいた青年だ……名は確か、カイル。
「ど……して……?」
私は純粋な疑問を抱く。
一体、ジェラルドは何を企んで……
「い、いやああああああああああ!?」
その時、少女の悲鳴が聞こえた。
間違いない、わたくしの娘だ。どうしてここに……
「ふむ……余計な邪魔が入ったか。見られてはまずい。ついでに始末しておけ」
…………!
その声を聞いて、私は腿に護身用のナイフを突き立てる。
「っ……ぁ……」
激痛で意識がはっきりしてくる。
気絶している場合ではなかった。
「な……話が違うだろう?」
「お前の想い人を貶めた女だ? わざわざ温情を掛ける必要もあるまい」
「それは……」
ジェラルドの言葉を聞いて、カイルがエーファの元へと歩き出す。
私は最後の力を振り絞って、彼の足にしがみつく。
「だめ……やめて……」
「ほう。意外としぶといな。流石に実子のこととなると、薄汚い女狐にも情が湧く……か。だが、その女には別の使い道がある」
ジェラルドはそう言って、私を無理やり引き剥がす。
すでに抵抗するほどの力は残されていなかった。
「この状況は……」
続けてレオンがやってきた。
「ここまでは想定通りか。カイルよ。あとは頼んだぞ」
「ああ……」
そう言ってジェラルドがその場を去ろうとする。
「たす……けて」
私はなんとか声を絞り出す。
「お願い!! エーファを助けて……!!」
そんな義理はないと分かっていながら、私は目の前の少年に縋る。
今この場で娘を救えるのは彼しかいなかった。
「……分かりました。彼女は必ず……そしてあなたも必ず」
…………え?
予想外の言葉に、私は不意を打たれてしまった。
私の子は、彼の大切な人物を汚そうとした。
なのに彼は、こんな私の頼みを受けて、あまつさえこの身まで救ってくれるとそう言ったのだ。
私は徐々に遠ざかっていく彼の姿に、喜悦と安らぎを覚えるのであった。
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