第24話 奴隷の役目
その後、自室に戻って僕は、先ほどの出来事を振り返る。
カイルの突然の翻意に僕は戸惑っていた。
確かに最近のカイルはおかしかったが、あくまでもそれは自分の力不足への自信のなさから来るものだったはずだ。
実際、フィーが襲われる前は、そんなことを言っていたはずだ。
「だけど、昨日は違った。カイルにあったのは僕への明確な敵意だ……一体、どうして?」
僕はベッドに座って、よく前世の記憶を思い出す。
原作で僕とカイルが決裂したのは、フィーを巡ってのことだ。
それも物語がある程度進んだ頃で、レオンがフィーを辱めようとするイベントが起こる。
そこで、カイルはレオンの本性を知り……という流れだが、今のカイルは明らかにその時の態度に似ているのだ。
「おかしいな……この世界では、カイルに嫌われるようなことはしていないはずだけど……」
「何がおかしいんですか?」
「ああ……どういう訳か、カイルが僕のことを敵視してきて……って、えええええええええ!?」
なぜかベッドの中にエーファが入っていた。
「部屋を間違えたのか!? ごめん、すぐに出て……」
「間違えてません。ここは、ご主人様のお部屋です」
部屋を出ようとする僕の腕をエーファが引っ張る。
「あの……私、もっとご主人様の役に立ちたいんです」
「役にって……エーファはドミニクのことを探ってくれてるだろ?」
「だけど、お兄様のタブレットはあまり役に立たなかったようですし……だ、だから、その夜伽を……」
「夜伽!?」
急にこの子は何を言い出すのだろうか。
意味をわかって言っているのだろうか?
「エーファ、その……僕はそういうつもりじゃ……」
「でも、ご主人様を満足させるのが、奴隷の役目だって、兄様が……」
あのバカ王子め。
余計なことを吹き込んで……
「それに……ご主人様は私をぶたないし、怒鳴らないし、褒めてくれるか……もっと、力になりたいというか……」
うわあ……ドミニク、今まで一体どんな扱いを彼女にしてきたんだ……
確かに、彼女の信頼を得ようと、エーファには優しく接したつもりだが、いくらなんでもハードルが低すぎる。
きっと、ドミニクに散々、虐げられたせいで、少し優しくされるだけで、その人物が途轍もなく偉大な人物に見えるようになってしまったのだろう。
「そ、その、エーファの気持ちはありがたいが、実は少し疲れててな、今日は早く寝たいんだ」
「わ、わかりました。で、では、ご主人様がすぐに眠れるようにお手伝いします……」
「え……?」
それから僕は、エーファによってベッドに横たえられる。
そして……
「一体、どうしてこんなことに……」
「ご、ご主人様、ちゃんとできてますか……? 私、こういうことは初めてで……」
どういうわけか、僕はエーファに膝枕をされていた。
「ちゃんと出来てる……と思う」
いや、僕だって初めてだから、よく分からない。
だけど、こうして彼女の柔らかい腿の上で横になるというのは、なんというか……とても心地が好かった。
「聞きました。ご主人様は一人で魔人を倒したとか」
「まあ、一応……」
この世界で、レオンのような末路は辿りたくなかった。
だから、この世界では後悔しない生き方をしてきたつもりだが、それがいつの間にかカイルの代わりに魔人を倒してしまうことになった。
「でも、これで良かったのだろうか……」
僕はボソリと呟く。
「良かったって……当たり前じゃないですか?」
「だけどあれ以来、カイルとは微妙な関係になっちゃって……」
「でも、村を守ったんですよね? アルフィナさんも……兄様が、暴走した時だって……」
そうだ。結果的に、二度もフィーを守ることができた。
だけど、心のどこかで、取り返しのつかないことをしているのではと、そんな気がしてならない。
「レオンさんは、えらいです」
エーファがいたわるように頭を撫でてくる。
不意の行動に僕は驚く。
「私は、誰かの役に立つ生き方なんて出来なくて……でも、レオンさんはそんな私とは違う。誰かのために全力で戦えて……とてもえらいです」
僕はちゃんと、この世界で頑張れているのだろうか。
それはまだ分からない。だけど、ここはバッドエンドの多い世界だ。
正解かわからなくても、フィーを守るために頑張らないと
「あ、あの……私、もっと頑張ります。ご主人様のお役に立てるよう。私の罪を償えるよう……」
エーファが改めて決意を固める。
「そうか。なら、エーファにはもうひと頑張りしてもらおうか」
僕は彼女に次の命令を与える。
ドミニクの動向もだが、彼女の動向も気になる。
イライザ、二人の母親だ。
「お母様を……ですか?」
「気が引けるか?」
原作を知る僕にとっては悪女でしかないが、実の娘からするとそうではないだろう。
「い、いえ……私はあなたの奴隷ですから。でも、何を調べれば?」
「これから彼女はある人物と会うはずだ。それがいつ、どこなのかを知りたい」
原作で、彼女はある凶行に出る。
それはフィーの母親の暗殺だ。
我が子を王位に据えんとするイライザは、王国の宗主国となった帝国の後ろ盾を得ようと精力的に働く。
その一つが、フィーの母親の暗殺だ。
現国王のヴィルヘルムが王国を売ってからというもの、王国各地は帝国の都合のいいように支配されることとなった。
重税、治外法権、強制労働、そして王国民の奴隷化など。
この村ではその影響は見られないが、他の地域ではひどい扱いを受ける王国民も少なくない。
そんな王家の怠慢と、帝国の専横に反対し、祖国を解放するため、一部の王国貴族は団結する。
フィーの実家であるエステリア家は、その反帝国の連帯に参加しており、重要な地位に就いているのだ。
イライザは、ある人物に依頼し、フィーの母親を暗殺し、エステリア家を弱体化させ、帝国に恩を売ろうとする。
その結果、村は焼かれ、フィーの家族と友人は皆殺しにされてしまう。
本編前の、最後の不幸イベントだ。
これを回避することが、当面の僕の目標だ。
彼女が原作通りに動くなら、フィーの母親……いや、せっかく生き残ったエドワードさんも大変な目に遭うだろう。
そして、フィー自身も……
「わかりました。母上に限って何もないと思いますが、それでもなんとか探ってみます」
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