第22話 偵察
その翌日、僕は自室で昼食の時間を迎えていた。
小さなテーブルの上には、ラナの作ってくれた食事が並べられている。
「どうしたの? 早く座りなよ」
「は、はい……」
僕はもう一人の人物――エーファに座るよう促す。
しかし、彼女はそうしたきり、食事には手をつけない。
「早く食べないと、冷めちゃうよ……?」
エーファは、いちいち僕が言わないと、座ることすらしない。
彼女の中では、こうすることが自然なようだ。
「エーファ、別に僕の指示を待たなくても、席についていいし、ご飯を食べてもいいんだよ?」
「で、ですが……奴隷の私が、ご主人様より早く、席につくなんて……それに、ずっとこうして来たので」
なるほど。エーファにとって、今のスタイルが当たり前のようだ。
きっと、ドミニクと生活している時も、こんな感じでドミニクの許可を待っていたのだろう。
「確かに、君には奴隷になってもらうとは言ったけど、それはあくまでも、ドミニクの動向を探るために都合のいい手駒になってもらいたいだけだ。それ以外の作法までは求めない。これからは、好きなタイミングで座って、ご飯を食べていい」
「……わ、わかりました」
相変わらずエーファはぎこちない。
今まで、指示を待つことが当たり前だった彼女にとって、それは唐突で困難な指示なのかもしれない。
とはいえ、今のままでは、こちらもなんだかやりづらい。
「それよりもドミニクの動向は探れたか?」
「は、はい……」
エーファは、バッグからタブレットを取り出す。
ドミニクの部屋から失敬したものだ。
「よくやった……って、暗証番号がかかってるな」
「すみません。番号までは分からなくて……」
先日の失敗を踏まえて、ドミニクがどんな手に出るのか、それを探るために失敬したのだが、これでは中を見られない。
「ちなみにドミニクの誕生日は?」
「誕生日……ですか? 11月22日ですけど……」
1122っと。ダメもとで入力してみたが――恐ろしいことにあっさりとロックが解除されてしまった。
「解除できた……」
「ほ、本当ですか? よくわかりましたね」
ガバガバすぎる……
セキュリティ意識が低い人間はどこにでもいるものだ。
「とりあえず中身は……」
この世界にもメッセージアプリのようなものが存在するようなので、まずそこをみてみる。
しかし、怪しい業者との取引履歴しかなく、これといって有力な手がかりはない。
インターネットの検索履歴……これは見ても愉快なものはない。
ただただ、彼の歪んだ趣味が開陳されているだけだ。
「ドミニクはハズレか……ろくな情報がない」
この時間のドミニクは母上とカイルと食事をしている。
想像するに殺伐とした雰囲気だが、ドミニクはしきりに母上に話しかけては軽くあしらわれているそうだ。
ドミニクが昼食の時間を長引かせているおかげで、タブレットは簡単に入手できたが、これといった手がかりはない。
「僕とカイルの恨み言が書かれてるな。これは個人の日記のようだ」
ドミニクの個人的なメモを見つけた。
日々思ったことを書き殴っているだけのものだ。
フィーへの劣情や、僕への恨み、カイルへの怒りなどが書き並べられているが……ん?
一つ、気になる記述を見付けた。
それは、イライザに対する暴言だ。
使えない女、うるさい、母親ヅラだの、原作のマザコンドミニクからは考えられない発言の数々だ。
「エーファ、ドミニクとイライザ義母様の仲は悪いのか?」
「その、昔は兄様もお母様にはよく従っていたのですが、最近になって反抗的な態度を……」
それは妙だ。
原作のドミニクは、イライザに全面服従しており、彼女がドミニクを王位に据えるためのあらゆる算段を手伝ってきた。
それが反抗期というのはおかしい。
「ここも原作とズレてるのか……ちなみに理由はわかるか?」
「も、申し訳ございません……そ、そこまでは……」
エーファが声を振るわせる。
どうやら、期待に応えられなかったから怒られると思ってるのだろう。
「エーファ、怯えなくていい。君が僕の望む情報を知らないからって怒りはしないし、知っている範囲で教えてくれれば、それでいい」
僕は彼女を安心させようと優しく声を掛ける。
奴隷になると言っても、彼女は自らの罪悪感と自罰感情から、そう申し出たに過ぎない。
僕に対する信頼度は0に等しい。こういった一歩一歩の積み重ねが重要なのだ。
「は、はい。その……関係あるかはわかりませんが、兄様はこう言ってました。『本当の母親でもないのに、指図するな』って」
「本当の母親じゃない……?」
流石に初耳の情報だ。
少なくとも原作でそんな情報は明かされていない。
まさか、裏設定とか、そういうのだったりするのか?
「とりあえず、今日のところはこんなものか。また、引き続き色々と頼むから、その時はよろしく」
「あ、あの……!」
突然、エーファが立ち上がった。
一体、どうしたのだろうか?
「わ、私はお役に立てていますか?」
エーファが恐る恐る聞いてくる。
「ああ。とてもよく役立っているよ。ドミニクのことを調べるのに、君ほど相応しい相手はいないからね」
「で、でも、あんまり情報が無くて……」
「まだ初日だ。君の仕事はこれからなんだから、こんなところで気落ちしなくてもいい。それとも、もうこれ以上は頑張れないか?」
少し意地悪な聞き方をする。
「い、いえ!! まだやれます!!」
しかし、エーファはまだまだやる気のようだ。
ちょうどよく発奮できたようでよかった。
それにしても、イライザとドミニクの不仲か……これは使えるかもしれない。
原作とはかなり状況が変わって来ているが、全てはフィーを守るためだ。
僕はこれからのことを慎重に考えていく。
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