第18話 ドミニクの魔手
レオンが屋敷を訪れた頃。
「すぅー、すぅー」
フィーは自室で完全に寝入っていた。
ドミニク達との食事の後、フィーは急激な睡魔に襲われた。
食事中の話は退屈で、特にドミニクはフィーに対して下心を見せてきて、何かと身体に触れようとしたりするので、フィーはうんざりしていた。
なので、すぐに部屋に戻ったのだが、あまりの眠気に逆らえず、部屋着に着替えたところで、フィーはベッドに吸い込まれるようにして眠り込んだ。
「ほう。よく眠ってるじゃないか」
その部屋は、基本的に彼女以外は親でも立ち入れない。
そんな少女の聖域を侵すものがいた。
「おい、エーファ。分かってるな?」
ドミニクは背後にいる、自分の妹に威圧的な態度で声をかける。
「で、でも、これはさすがに……」
「あ?」
妹のエーファが渋ったその時、ドミニクの表情が一変する。
そして、エーファの髪を無理やり引っ張ると地面に叩きつけ、その顔面を容赦なく殴りつけるのであった。
「今、なんか言ったか?」
「……ひ、ひぃっ!?」
「何が『ひぃ』だよ。なんか言ったかって聞いてるんだよ!!」
兄妹とは思えないほどに無慈悲な暴力であった。
エーファの体は心底震えており、日常的に暴力が振るわれていることが窺われる。
「申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません。なんでもありません……」
早くこの暴力から逃れようと、エーファが懇願する。
「何が申し訳ないのか、どうしなきゃいけないのかはっきりと言え、この無能が」
しかし、暴力は収まらない。
ドミニクの満足のいく答えを出さなければ、解放されることはないのだ。
「に、兄様のやることに異議を唱えて申し訳ございません。私は、兄様の言いつけ通り、部屋に防音の魔術を掛け、扉には何人も立ち入れないように封印を施します」
「フン……余計な手間取らせやがって。本当に使えないクズだな」
エーファは兄に背を向けると魔術を発動させる。
その瞳にはいっぱいの涙が湛えられていた。
彼女はこれから行われることを知っていた。
しかし、それを止める術はない。ドミニクはエーファのことを都合のいい奴隷としか思っていないのだ。
「さて、アルフィナ……この瞬間をずっと待ち望んでいたよ」
ドミニクは恍惚とした表情を浮かべていた。
聖女は古来より、国のために尽くしてきた。
魔獣を撃退したり、怪我を治癒したり、飢饉を止めるために雨を降らせたり、そういった奇跡の数々を行い、己の全てを捨てて尽くして来た。
ドミニクはそんな聖女の伝説に侵しがたい神聖さを感じ、それを自らが破るという背徳に取り憑かれていた。
「それでは早速……」
ドミニクは両手を組んで祈るようなポーズを取る。
それは聖女が大魔法を発動する時によく取る姿勢だ。
彼は、フィーに馬乗りになりながら、神妙な面持ちで祈り始めた。
一方でこの状況を救えるものは誰もいなかった。
いくら悪い噂が絶えないとはいえ、よもや王族が薬を盛って貴族の娘を襲うなどとは、フィーの両親達も想像していなかった。
そして、いち早く危機を察知したレオンですら、まだ屋敷を訪れ、中に通されたばかりであった。
*
甘く、脳が痺れそうな香りが漂う。
王国の南方には子犬ほどの大きさの肉食魔獣がいる。
戦闘力は低く、魔力も少ない。
そんなひ弱な生き物だが、生き物を惑わせ誘引する芳しいフェロモンを出す性質がある。
今ドミニクが用いているのは、それを原料としたお香だ。
人に用いれば、幻惑効果を起こし、その者に強い性的興奮を引き起こさせることができる。
「ん……ぁ……」
香りを吸ったフィーの頬が上気し、艶かしい吐息が漏れる。
「フッ……苦しいのかい? そうだろう。ケルエナの放つ香りを何倍にも濃縮させた特別性だ。聖女でなければ一瞬で廃人になる程だ」
聖女はあらゆる薬品に対して強い耐性を持つ。
そのため、ドミニクは聖女を想定した特別な準備をしてきた。
「次はこいつだ。僕は我慢のできる男だからね。これを使って、君の脳を蕩かせてあげよう」
どろりとした液体が垂らされ、フィーの衣服を濡らす。
それも同じ由来を持つ薬品で、高い粘性を持ち、肌の感覚を何倍にも鋭敏にさせる効果がある。
「前準備は丹念に……次に目覚めた時、君は僕のことしか考えられなくなるだろう。僕から与えられる慈悲を求め懇願し、心から屈服するだろう」
ドミニクの魔手が伸び、その度にフィーの嬌声が漏れる。
止めるものはどこにもいない。
やがて目を覚ましたフィーは、ドミニクに与えられる快楽の虜となり、己の全てをドミニクに委ねてしまうのであった。
*
「に、兄様!!」
エーファの声が室内に響く。
しかし、ドミニクはフィーにまたがり、祈りのポーズをとったまま微動だにしない。
「兄様!! 兄様!!」
エーファはなんとか兄の意識を呼び起こそうと、大声を出してその方を揺らす。
すると、ドミニクはハッとしたように目を見開く。
「貴様……このグズが!! 今がどれだけ大事な時間かわかっているだろう!! 僕は瞑想をしているんだ。イメージトレーニング!! それを貴様は横から……」
ドミニクは怒り心頭であった。
念願のフィーを前にして、ドミニクはじっくりと楽しむつもりだった。
そのためのイメージトレーニングを繰り返し、万が一にもし損じることがないように備えていたのだが、それはまんまと阻まれてしまう。
以前として、フィーは心地の好さそうな寝息を立てて寝入っている。
「だ、誰かが近付いてきてます」
「なんだと? エドワードか?」
「そ、そこまでは……」
「まあいい。お前の封印など破れるはずがなかろう。僕はこのまま続けるぞ」
ドミニクは例の香を取り出す。
ここまできて引き下がれるはずもなかった。
「ま、まずいです。無理やり扉を破壊しようと……」
「うるさい!! お前の防護術なら、父上の炎でも破れんだろうが!! いちいち邪魔をするな!!」
興が冷めたドミニクが再びエーファの髪を引っ張る。
再び折檻が始まるようだ。しかしその瞬間――
――パリンッ!!
部屋の窓ガラスが破られ、外からレオンが入り込んできた。
そしてレオンはその勢いのまま、窓の近くにいたドミニクを思い切り蹴り飛ばす。
「ぬおおおおおおおお!!!!」
まともに顔面に蹴りが炸裂したドミニクはその勢いのまま転がり続け、勢いよく壁に叩きつけられるのであった。
同時に、彼が持っていたいかがわしい器具が床に散乱するのであった。
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