表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/34

第1話 祝福

「おぎゃあああ!! おぎゃあああああ!!」


 豪奢な内装の、まるで宮殿のような空間で、僕は赤子のように……いや、赤子になって泣き叫んでいた。


 ここは……エリザ離宮?


 咄嗟に名前が出てきた。

 間違いない。アルドリア王国の王都アルテアに築かれた壮麗な宮殿だ。


 僕は転生したのか?


 僕は自分が置かれている状況を、なんとなく理解していた。

 僕の頭の中には、前世でやったゲーム、トワイライト・クロニクルズの記憶が微かに残っていた。


 この世界には、浮遊石と呼ばれる特殊な鉱石が存在する。

 このエリザ離宮は、浮遊石によって浮かぶ浮き島に築かれた豪奢な宮殿だ。

 すらすらと、そんな知識が浮かんでくる。


 生まれたての赤子が持ち得るはずのない知識。だけど……


 ダメだ。僕が誰なのか、全然思い出せない……


 ゲームの知識や常識などはあるのに、自分のことについてはあまり思い出せなかった。


 それまで僕は、日本という所にいた。

 母から酷い扱いを受け、最期にはその手で殺された……その記憶はあるが、名前は思い出せなかった。


「ふふ。元気な男の子ですね」


 侍女らしき女がそっと僕をあやす。

 その装いを見て、直感的に、母でないことが分かった。


 母は侍女の側で朦朧としている赤い髪の女性だろう。

 出産でよほど体力を消費したのか、ほとんど意識を失っている状態だ。


「陛下、御身の子です。ぜひ抱いてあげてください」


 侍女が我が父――確かヴィルヘルムという名前だと思う――の元へと歩いていく。

 同時に、僕は嫌な予感めいたものを抱く。


 ダメだ! その男に近付いては……!


 僕は得体の知れない衝動に突き動かされて、必死に侍女に警告しようとする。

 しかし、僕の言葉は、全て赤子の泣き声へと変換されてしまう。


 侍女は僕の警告も知らず、僕の身体を親の元に届ける。

 しかし彼女が僕を差し出したその瞬間、父は眉をピクリと動かした。


「私にその穢れたクズを抱けと……? ふざけるな!!」


 怒号が響き渡った。


 ――殺される……!


 身の危険を感じ、僕は僕は幼い身体を必死に動かして、侍女を庇うように動いた。

 同時に、父が放った業炎が全身を包んだ。


「ぎゃあああああああああああああああ!!!!」


 赤子の未成熟な声帯が限界まできしむ。


 熱い……熱い……熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。


 竜の(あぎと)と化した炎が僕と侍女を呑み込み、その存在の一片まで焼き尽くそうと暴れ出す。

 その形容し難いほどの激痛と熱に、幼い身が耐えられるわけもなく、全身から伝わる苦痛にのたうち回るようにして僕はもがく。


「へ、陛下……どうして……! こんな、いやあああああああああああああ!!!!」


 先ほどまで僕を抱いていた侍女は、ほどなくして骨の髄まで焼き尽くされてしまった。

 そして、僕は侍女の手から離れて、地面に落とされてしまう……


 どうしてこんな……


 目の前で無惨に散らされる命に深い喪失を覚える。


「お、王よ! 何を……」

「黙って見ていろ」


 業炎の向こうから、臣下たちを制する威圧的な声が聞こえる。

 この国でも、最高峰の魔導士でもある父は一切の慈悲も見せず、実の子であるはずの僕を焼き続ける。

 至高の炎に焼かれ、僕は正気を失いそうになる。


 しかし、これほどの炎を浴びながら、なぜか僕は死ねなかった。


 劫火が僕という存在を消そうとするより早く、僕の肉体は再生していたのだ。

 炎による破壊と、自己治癒がせめぎ合い、僕は絶えることのない痛みに苛まれ続ける。


「これで死なぬとはやはり……こんなことなら、生まれる前に殺すべきであったわ……!」


 炎が止んだ。

 だが、僕はほとんど無事な姿でその場に留まっていた。


「これは、どういうことなのだ……?」


 消えた炎の中から現れた僕の無事な姿を見て、臣下たちが驚く。

 当然だ。人を骨まで溶かし尽くす炎に巻き込まれて無事でいるのだから。

 不気味に思わないはずがない。


「あ……あ……」


 声にならない声が出る。

 痛みで頭がいっぱいになって、頭が回らない。

 僕は、あまりにも残酷な仕打ちに、激しい怒り、そして恐怖を覚えていた。


 ――どうして僕がこんな目に? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?


 知識があろうと、精神は幼い赤子だ。

 愛という、親より本来与えられるべき祝福ではなく、憎しみの炎を浴びせられたことで、僕の心は深い喪失感に包まれていた。


 ――僕が一体何をしたんだ……どうして、こんなことに……


 ようやく僕は生まれ変わることができた。今度はもっとまともな人間になりたいと思った。

 なのに、新しい世界でも、僕を待っていたのは祝福でも歓迎でもなく……理不尽な殺意であった。


 ――どうして僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。


 ふと、心に黒くどろどろとした衝動が湧いた。

 それは一気に膨れ上がると、体の内からおどろおどろしい瘴気として吹きこぼれた。


「うっ……なんだこの(おぞ)ましい瘴気は……」

「い、息ができない……苦しい……」


 瘴気が、周囲の人間にまとわりついていく。


「これで分かっただろう? そのクズは穢れているのだ。いずれは、この世に災いをも(もた)らすだろう。それに向けて、炎を放った私の行いは、疑問を持たれるほどのものだと思うか? 答えよ、グェン卿」

「へ、陛下のおっしゃる通りでございます。失礼いたしました!!」


 苛立つヴィルヘルムに恐れを成したのか、臣下の一人が後退(あとじさ)る。

 続けて王が尋ねる。


「では、臣下どもよ。今、この場ですべきことはなんだ?」


 無言で貴族たちが顔を見合わせると、静かに頷きあう。


「消えろ! 悪魔の子め」


 次の瞬間、一斉に魔法が放たれた。

 仮にも強大な魔力を誇る、貴い血を持つ者たちだ。

 彼らから放たれる上級魔法の数々は、生まれたばかりの子供が耐えられるものではない。


「ぎゃあああああああああ! ぎゃああああああああああああ!!」


 いくら体が再生するからといって、激痛は免れない。

 魔法を喰らっては体が再生し、再生してはまた激痛に苛まれる。


「死ね! 死ねええええええ!!」


 貴族達が必死に魔法を飛ばしてくる。

 前世では散々息苦しい想いをした。

 それなのに、新しい人生では、どうして生まれすら否定されるのか?


 ――ナラバ、殺シテシマエバヨカロウ。ソノタメノ〝力〟ハ、備ワッテイルダロウ?


 その時、酷く冒涜的で、不快感を催す声が頭に響いた。

 そうだ。こんな理不尽に曝されるぐらいなら、いっそ……


 僕はその声を疑いもせず、受け入れ始めた。


 人を殺してはいけない? 親に逆らってはいけない? 知ったことか。こんな訳もわからないまま殺されてたまるか……!

 僕は自分の中に眠る力を知覚すると、それを操り、貴族たちの大魔法を吸収していく。


「な、なんだ……魔力が吸われていくだと?」


 せめて新しい人生ぐらい、普通の家に生まれたかった。

 家族に祝福されて始めたかった……


 多くは望まない。ただ普通の人生を送る。

 それだけで良かった。


 だけど、この世界ではそんなささやかな願いは叶わない。


「っ……おぎゃああああああ!!」


 僕は溜め込んだ魔力を一気に解き放とうとする。

 全身を食い破るような激痛に泣き叫ぶが、それでも構わず身を委ねる。


 この場にいる人間全て、消し飛んでしまえばいい。


「な、何かするみたいだぞ」

「フン……魔法が効かぬのなら直接仕留めてくれる……」


 一人の貴族が剣を抜いて、ゆっくりと近付いてくる。


「これも王命だ。恨むなら己の生まれを恨むがいい。まあ、赤子にそんな知能などあるはずもないだろうがな」


 男が侮蔑の視線を送る。

 赤子を手にかけることに、欠片も罪悪感を抱いていない様子だ。

 だが、このまま魔力を暴発させれば、目の前の男も消滅する。


「死ね」


 剣が振り下ろされる。

 だが、僕はその刃を睨みつけながら、魔力を解放させようとする。

 しかし、その瞬間――


「だめええええええええええええええ」


 叫び声と共に、一人の少女が僕を庇うように覆い被さった。


「な!?」


 突然の出来事で、貴族の手元が狂う。

 そして剣の切先が、少女の背を掠めた。


「きゃあああああああああっ!?」


 少女の背中から、鮮血が吹き上がる。

 さらさらとしたクリーム色の髪の可憐な少女で、三つか四つぐらいの幼い子だ。


 どう……して……?


 僕は、目の前の光景が信じられなかった。

 彼女は子どもでは耐え難い痛みに耐えながらそっと僕を抱き締める。


「だいじょうぶ。もうだいじょうぶだからね」


 少女は、その小さな手でそっと僕を抱き上げると、優しく頭を撫でる。


「あんなことがあってこわかったよね? ごめんね。たすけてあげられなくて。でもだいじょうぶ。これからはおねえさんがついててあげるからね。よしよし」


 それは、久々に感じた人のぬくもりだった。


「ぁ……」


 身体を包む柔らかく、労りに満ちたぬくもりを通じて、心が安らいでいく。

 同時に、体の奥底で渦巻いていた不快感が恐怖が、徐々に解けていくのがわかった。


「いたくて、あつくて、くるしかったよね? でも、おねえちゃんがなおしてあげるからね」


 僕を包む少女の腕から、温かなものが流れてくる。

 同時に体の痛みが消えていく。


 その時、涙が頬を伝った。


 いつ以来だろう。

 こうして、人に抱きしめられるのは。


 僕はずっと、誰かに認められたいと思っていた。

 生まれてきた確かな意味が欲しかった。


「おめでとう、レオン!! うまれてきてくれて、ありがとう!!」


 彼女はこんな僕を、受け入れてくれた。

 それは、この世界に来て、僕が初めて受けた祝福だった。

 お読みいただいてありがとうございます!!


 少しでも面白いな!!続きを読んでみたいな!!と思っていただけたら、ブックマークに追加していただいて、下の☆☆☆☆☆を塗りつぶしていただけると励みになります!!


 何卒よろしくお願いいたします!!!!


 また、本作はカクヨムというサイトにも投稿しております。

 最新話はそちらに掲載しておりますので、先の展開が気になる方はぜひご覧ください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ