第17話 焦燥
カイルの真意を問い質した後、僕は今後のことを考えていた。
「結局、カイルはダメだったか……」
原作にはこんな展開はなかったが、確かにカイルに臆病な面はあった。
というか、彼はプレイヤーの選択肢によって動くキャラなので、やろうと思えば何をするにしても自信がないを連呼するヘタレカイルや、寒冷地の鉄柵を舐めたり、ゴミ箱を漁るカイル、最初からレオンを疑い、気軽に暴力を振るうカイルといった存在を誕生させることもできる。
だが、それにしてもこの世界のカイルはヘタレが過ぎる。
そのせいで、こうしてフィーの今後に頭を悩ませることになった。
「最悪だ……ドミニクは結局、フィーの屋敷に泊まるらしい」
村でそんな噂を聞いた。
よくよく考えてみれば当然だ。
相手は王族。そこいらの村宿に泊めるわけにはいかない。
当然、領主が迎え入れるのが筋だ。
「フィーとドミニクを会わせないというのは無理だったか……」
一応、どうにかできないか考えてみた。
こっそりとフィーを連れ出して屋敷で匿うかとか考えたが、そもそも表向きフィーを連れ出す理由も、ドミニクから遠ざける理由も思いつかないのだ。
仮にフィーを説得できても、フィーが姿を現さないことにドミニクが怒ることは容易に想像できるし、それがきっかけで彼が何か酷いことを領主のエドワードさんや、村の人たちにしないとも限らない。
恐らく今頃、フィーとドミニクは顔合わせを済ませているだろう。
それ自体はいい。避けられないことなのだから、問題はそのあとだ……
「とりあえず屋敷の前まで来てしまった……だが、同じ屋敷で二人を一緒にするなんて危な過ぎる」
原作では、フィーと絆を深めたカイルが、屋敷に住むことになる。
そのおかげで、ドミニクはフィーに手が出せなくなるのだが、そのカイルは今はいない。
「かといって、僕が行ってもどうにかなるとは思えないけど……」
屋敷の前で佇んでいると、守衛の人がやってきた。
エステリア家に仕える騎士で、こうして夜の間も屋敷を守ってくれている人だ。
「レオンくん、こんな時間にどうしたんだい?」
彼は僕の素性を知らない。
あくまでも、国一番の騎士セレナの息子という認識だ。
「あ、その……散歩をしてて……」
「こんな夜更けに? レオンくんは僕なんかよりずっと腕が立つけど、それでも危ないよ」
「そ、そうですよね……屋敷に戻ります」
「あっ……ちょっと待って。少しの間、ここで待ってて」
そう言うと、騎士は屋敷へと入っていく。
一体、どうしたんだろうか?
よく分からないまま、しばらく待っていると、屋敷からエドワードさんと、奥さんのアイリスさんがやってきた。
「レオンで……レオンくん、よく来てくれた!! こんな夜更けに一人だなんて危ない。折角だし、泊まっていきたまえ」
「よろしいのですか?」
「もちろんよ。あなたは娘と主人の、そして村の恩人なのですから。いつでも歓迎ですよ」
フィーと同じ、クリーム色の長髪を揺らして、アイリスさんが微笑む。
同じ笑顔でも、イライザのものとは比べ物にならないほどに温かだ。
それにしても、これは思わぬ行幸だ。
まさか、屋敷に入れるなんて。
「では、お言葉に甘えて……!」
それから僕は屋敷に迎えられる。
何度か入ったことはあるが、僕が住んでいるところとほとんど似た内装なので、なんだか落ち着く。
「あら、レオン。これは思わぬ来客だわ!」
前言撤回、全く落ち着けやしない。
まさか、イライザがいるなんてい。
「ごきげんよう、イライザ義母上。よもや、こうしてすぐに、またお会いできるとは、夢にも思っていませんでした」
片足を引いて、優雅にお辞儀をしてみせる。
正直、この人は怖いけど、今は好意的な姿を見せておくのが得策だ。
それから僕はリビングに招かれる。
「ちょうど、君の話をしていたのだよ。かつて君が魔人を倒し、私たちを救ってくれた時の活躍をね」
「ふふ。ドミニクより四つも下なのに、本当に腕が立つのですね。できれば息子に武術を手ほどきしていただきたいほどです」
「レオン殿下は、あのセレナ殿の血を引き、直々の薫陶を受けておりますから、伸び代の塊なのですよ」
「ええ、そうみたいね。ですが、エステリア伯爵、そろそろあなたが最も気になっている話題に入りませんか?」
突然、イライザが話題を変えた。
その強引さに違和感を覚える。
気のせいかもしれないが、母上の名前が出た瞬間、彼女からわずかな敵意のようなものを感じたような……
イライザの様子を気にしていると、彼女はゆっくりと口を開く。
なんだかエドワードさんも緊張しているようだ。
「先ほど伯爵は、陛下のことを気にされておりましたね?」
「う、うむ……王国の臣民として、陛下のご様子を気に掛けるのは当然のことですから」
「本当は、こう聞きたかったのでしょう……? 陛下は今、レオンをどう思っているのか?」
その瞬間、リビングに緊張が走る。
それは僕も気になるところだが、もしかして伯爵は探りを入れてくれていたのだろうか?
「そう、怯えずとも結構です。レオンも伯爵も心配されるようなことはありませんから」
イライザは手に持っていた紅茶に口をつけると、柔らかな笑顔を浮かべた。
「陛下はとっくの昔に、レオンへの処断を取り消されました。それこそ、レオンが王都を脱出したその直後には」
「ほ、本当ですか?」
エドワードさんが驚いたような様子をみせる。
そういえばそのあたりの事情は僕の記憶にもない。
多分、原作でもちゃんと描写されていないシーンなのだろう。
「陛下もご自身がいかに愚かな選択をしたのか悔いておられたのでしょう。我が子を手にかけるなど、正気ではございませんから」
しかし、イライザの言葉は本当なのかもしれない。
何せ僕は生まれてからすぐ、今日までここで暮らしてきた。
その間、ヴィルヘルムの刺客が襲ってくることは一度もなかった。
母上と、この家の関係を考えれば、ヴィルヘルムが探りを入れることぐらいはしてもおかしくないが、そういった兆候もなかった。
「さて、わたくしはそろそろ寝るといたします。長旅の疲れが出てしまったので」
「でしたら、私がご案内いたします」
アイリスさんがイライザを連れていく。
それにしても妙なことになった。
原作では、刺客が何度か襲ってきたはずなのだが、またしても状況が微妙にずれている。
「ふむ……彼女の言葉は本当なのだろうか。判断ができんな」
エドワードさんが考え込む仕草をみせる。
しかし、今はそっちよりも、急ぎの件を尋ねなければ。
「エドワードさん、その……フィー達はどうしたんですか?」
もちろん、フィーだけじゃない。
ドミニクの動向も気になる。
その妹のエーファに関しては、気にしなくても大丈夫そうだが。
「ん? ああ、フィーなら、なんだか眠くなってきたと言ってな。君と入れ替わるように自室に戻ったよ。エーファ殿下もご同様で、ドミニク殿下が付き添われた」
トクンと胸が高鳴った。
嫌な予感がする。
「フィーはいつもこの時間には?」
「いや。まだ8時だからね。彼女はこの時間は自室でのんびりと過ごしているはずだ」
「そうなんですね。でも、なんだか僕も眠くなってきたような」
「おお、そうかね。では、いつもの部屋を使うといい。場所は分かるだろう?」
「はい。それではお言葉に甘えて」
心臓が早鐘を打つ。
もはや手遅れなのでは?
一瞬、そんな考えが頭をよぎった。
「フィー、無事でいてくれ……」
エドワードさんに悟られぬよう、それでいてできる限り早く、僕はフィーの部屋へと向かった。
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