第16話 覚悟
「ふーん、君がレオンか?」
年齢的にはカイルと同じくらいだろうか。
彼はイライザの子のドミニクだ。
なんだかこちらを見下したような視線で、値踏みするように僕を眺め回す、
「お初にお目にかかります、ドミニク義兄上。お会いできて光栄です」
あまり仲良くできなさそうな相手だが、僕は構わず対応する。
「話は聞いてるよ。穢れた血……なんだって? 見た目は普通のガキだな」
「恐縮です」
無視無視。
無用な挑発だし、多分何も考えずに発してるだけだろうから、取り合う意味はない。
「ドミニク、失礼な物言いはおやめなさい。そのような振る舞いをすれば、あなたの品位が疑われてしまうわ」
「も、申し訳ございません、母上!」
先ほどとは打って変わってイライザにへこへこしている。
なんとも情けない姿だが、そういえばドミニクはマザコンで、全く逆らえないみたいな話だった気がする。
「さて、レオン。話は変わるがアルフィナはどこに?」
「え……?」
僕はわずかに驚く。
まだ顔合わせもしていないのに、なぜその名を?
「類まれな光の魔法を操り、聖女候補の一人に名を連ねているそうじゃないか」
次の瞬間、ドミニクが自分の体を抱きしめ、くねくねし始める。
「ネットでお顔を拝見したが、とても可憐であった……知っているか? 彼女のクリーム色のさらさらとした髪は、黄昏時に陽の光に照らされてキラキラと輝くんだ」
うっとりとした表情を浮かべて、ドミニクはさらに早口で捲し立てる。
「それにあのしなやかな腰つき。一見控えめに思えるが、よく見るとその華奢な体には不釣り合いなほど胸は大きめで、出ているところが出ている……とても私好みの肉体だ……ああ、なんとしても彼女に会ってみたい。いや、それだけじゃなく……さあレオン、早速、案内したまえ。この近くの村に住んでいるのだろう?」
うわあ……
僕は恍惚とした表情を浮かべるドミニクを見て、どん引いてしまった。
よくもここまで堂々と欲望を垂れ流せるものだ。
それにしても参った。
本来なら、僕らの修行中にイライザたちが乱入し、ドミニクがフィーを見かけることで、一目惚れをするという流れだったのだが、そうかこの世界だとネットで一目惚れパターンがあるのか。
ただのネトストじゃないか……
推しにガチ恋しても、守るべき一線というものがある。
だとえばこうして、相手の迷惑も考えずに押しかけないとか。
気色の悪い妄想をたれ流さないとか。
だが、そんな良識は目の前の男にはないようだ。
「フィ……アルフィナ殿の所在は私には分かりかねます。ご存知の通り、隠棲の身ですから」
とりあえず僕は知らないフリをしておく。
彼とフィーが出会うことは避けられないだろうが、せめてフィーと僕が幼なじみであることは隠しておきたい。
なにせ、このドミニクという男は、フィーへの愛情をこじらせ病的なまでにフィーに執着するようになってしまうのだ。
それがきっかけで、僕――レオンに対して執拗な暴力を振るうようになったりもする。
僕らの関係が知られて、いいことは何一つとしてないのだ。
「まあいい。これから僕らはこの村に滞在することとなる。随分と退屈な村かと思ったが、アルフィナがいるなら別だ。ゆっくり探し出して、この俺の……」
ドミニクは下卑た表情を浮かべると、妹とイライザを連れて立ち去っていく。
まずい。この男をフィーと接触させないようにしないと……でも、どうすれば?
「カイルがいてくれればなあ……」
原作のカイルは、フィーと絆が深まったおかげで、フィーを付け狙うドミニクを見事に撃退し、ドミニクが無理やりフィーを手籠にしようとした時も、颯爽と現れてフィーを助け出すのだ。
まあその一方で、フラストレーションを貯めたドミニクが、僕――レオンをサンドバッグにするようになって、闇堕ちの原因の一つとなるのだが、それはまあいい。
「やはり、避けては通れないか……」
その夜、僕は意を決して、カイルの元へ行くことにした。
「カイル、いるんだろう?」
僕はカイルの家の戸を叩く。
彼の父は男爵位を授かったが、その家はこの村の中では少し大きめ程度で、それほど豪華というわけではない。
家の光は点いていないようだが不在なのだろうか?
在宅ならば、こうして呼び掛ければ普通に聞こえるはずだが……
「でも、人の気配はするな……居留守か?」
フィーはもちろん、僕だってずっと彼とは口を利いていない。
昔は、いい兄貴分という立ち位置だったはずなのに。
今では居留守を使われる間柄となってしまった。
「とりあえず入ってみよう」
今は、彼の一人暮らしだ。
突然、入ってもあまり問題はないはずだ。
ガチャリと音を立てながら、ゆっくりと戸を開く。
そして中へと入っていくのだが……
「っ!?」
片足を家の中に踏み入れたその瞬間、僕は敵意を感じた。
咄嗟に剣を引き抜くと闇夜からの襲撃者の方へと振るう。
直後、重たい剣の一撃が伝わってくる。
どうやらかなりの速さと腕前のようだが、それでもこれまでの修練からすればなんとかできない相手ではない。
僕はそのまま剣を振るって、襲撃者を弾き飛ばす。
「ちっ……!?」
襲撃者は舌打ちをし、直後に激しい物音と共に呻き声を発した。
どうやら壁に叩きつけられて出た音のようだ。
僕は部屋の明かりを灯すと、襲撃者の顔を見る。
「カイル……」
案の定、その襲撃者はカイルだった。
よもや、こんな歓迎を受けるなんて。
僕はそっとため息を吐くと、このままの姿勢でカイルに話しかけることにした。
「どうして、稽古に来なくなったの?」
「…………」
カイルは沈黙を保ったままだ。
「フィーとは話したのか」とか「婚約者を放っていいのか」とか「四つも下の僕に負けたのがそんなに悔しいのか」とか色々聞いてみたけど、カイルは反応を示さない。
「フィーに危険が迫ってるっていうのに、そうして黙っているつもりか?」
そう聞いた瞬間、カイルの瞼がぴくりと動いた。
それまでそっぽをむいていた、カイルはゆっくりとこちらに視線を寄越す。
どういうことかと聞きたげな様子だ。だが、これまでの態度の手前、自分から聞くこともできないといったところだろうか。
さて、ここはどう話したものか。
「カイル、今この村にドミニク王子が来ている」
「ドミニク……?」
「あいつは欲深い奴でフィーを自分のものにしようとしている。そのためならどんな汚い手段でも使うはずだ。お前だって噂ぐらいは聞いたことあるよね?」
ドミニクの悪評は有名だ。
自分に仕える平民を無理やり手籠にしようとしたり、下級貴族の婚姻を強引に破談させ、その相手を無理やり妾にしたとか、自分の預かる領地で初夜権を主張して若い娘たちの貞操を脅かしたとか、とにかく悪い噂が絶えない。
「フィーを守れるのは君しかいないんだ……」
実際、これから先のカイルの選択はとても重要だ。
本編が始まるのはもう少し先だが、このカイルの少年時代から青年時代に掛けてのエピソードで、フィーの運命が決まるのだ。
ここでフィーを無事に守り通せば、カイルが英雄となる光ルートへ、フィーがなんらかの理由で命を落としたり、不幸な目に遭うとカイルは手段を選ばない非道な人間に変化する。
「それはお前の役割だ」
しかし、カイルはノーと言った。
「なんでだよ……」
カイルはこの世界の主人公だ。
そして、フィーは彼に想いを寄せている。
それなら、彼が彼女を守るのが筋なはずだ。
なのにどうしてうまくいかない。
「僕が、カイルよりも強いから……?」
思い切って僕は尋ねる。
自分からこんな風に言うのは奢っているようで嫌だが、ここははっきりと尋ねた方が話が早いと思った。
「見ての通りだ。俺はこうして膝を突き、お前は立っている。暗闇に乗じて奇襲なんて真似をしておいてこのザマだ……」
「それは……」
元々僕……と言うよりはレオンには才能があった。
恵まれた肉体と魔力の器、加えてあの得体の知れない力がある。
それらを適切に鍛えれば、レオンはあっという間に最強になる。
現に原作でもレオンの能力はどれも、仲間の中では最高峰だ。
そのため、一周目でレオンにリソースを注ぎ込んで、まんまと裏切られたユーザーも少なくない。
しかし、そんな裏の事情を話したところで、お前は何を言っているんだと首を傾げられるだけだ。
「俺はずっとお前のことを侮っていた。歳は離れてるし、俺だって同じ年の……いや、大人と比べても村で一番の腕だと自負していた。だが、お前はいつの間にか力を付けていって、あっという間に魔人を倒せるほどになってた。その時、俺は自分が驕っていることに気付いた。村のみんなに、お前に、何よりフィーに強いと言われて天狗になってたんだ」
確かに、カイルは主人公だけあって、その実力は作中屈指だ。
あの魔人だって本来はカイルが倒すはずだったのだ。
だけど、僕のせいで、全ては変わってしまった。
僕はただ、フィーや母上に認められるのが嬉しくて、それで頑張っただけなのに。
「このままじゃ、俺は腑抜けたままだ。だから、あいつに……フィーに相応しい男になれるまで、お前から一本取れるようになるまで、修行に専念する。だから、フィーのことは任せた。お前がいるなら安心だ」
「……分かった。なら、もう何も言わない」
これ以上は、何を言っても無駄なようだ。
カイルは頑固な性格だ。すでに覚悟を決めてしまったようだ。
それがいいことか悪いことかは分からないけど。
僕はカイルを置いて、屋敷へと戻る。
フィーをドミニクから守るのは僕だ。
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