第15話 来訪
魔人がアルナ村を襲ってから約三年が経った。
僕は既に15歳に、フィーたちは19歳になっている。
あれ以来、村で大きな事件は起こっておらず、父上の追手も依然として姿を現す気配はない。
かといって、平和な日々が続く、というわけでもなかった。
「レオン、また瘴裂が出たんだって?」
庭で剣を振っていると、傍で魔力強化の修行をしていたフィーが話し掛けてくる。
ここ数年間、僕らはこうして二人で稽古を共にするのが、習慣であった。
「うん。村のすぐ近くだったから、対処するのが遅かったら大変なことになってたよ」
「でも、レオンがまたやっつけたんだよね? すごいなあ」
「僕だけじゃないよ。村のみんなも母上もいたし、それにカイルも……あ」
そう言って、僕はまずいと思った。
あれ以来、カイルは稽古に顔を出さなくなった。
そのせいで僕らの中では、なんとなく彼の名前は出してはいけない雰囲気になっていた。
「カイル……なんか言ってた?」
フィーがカイルを気にした様子を見せる。
婚約者だというのに、あれから二人は口を利いていないらしい。
そのせいか彼女も寂しく思い、その様子を気にかけているようだ。
「何も……ただ無心で剣を振るってるだけで、目も合わせてくれなかったよ」
魔人が出るたびに、村の戦える人が出動する。
なので必然的に、僕らは共に戦うことになるのだが、カイルはこれまでの比にならないほどの力を身につけていた。
正直、カイルがいれば他の人はいらないぐらいだ。
一体、いつの間にあんな力をつけたのだろうか?
「そっか……カイル、どうしちゃったんだろう……」
変わったことと言えば、僕の記憶にも変化があった。
これまで僕は前世の記憶を朧げにしか思い出せなかったが、少しだけはっきり思い出せるようになってきた。
ここは僕が前世で遊んだトワイライトクロニクルの世界で、フィーやカイルたちも、その登場人物……そのはずではあるが……
一つ分かったのは、ここがゲームの世界と、似ているようで全く異なる世界だということだ。
まず文明レベルが違いすぎる。
原作にタブレットやインターネットなんて出てこないし、車や飛行船だってない。
それに……
「本来、孤立するのは僕だったはずなんだ……」
いつの間にか、僕とカイルの立ち位置が入れ替わっていたのだ。
元々の流れでは、僕――レオンは、無口な母への不信感が拭えず、信頼していたフィーに婚約者いたと知ったことが追い打ちになって、心に不安を抱えるようになる。
そして、魔人を一人で倒したカイルを見たことで、自分は何をしても勝てないというコンプレックスから屈折してしまい、フィーとカイルの二人と距離を置くはずだった。
だけど実際に、距離を置いたのはカイルの方だ。
分岐点になったのは、魔人との戦いが起こった、三年前のあの日だろう。
これも全て、僕が稽古でカイルから一本を取り、魔人を倒したせいなのだろうか……
それにフィーの父親エドワードさんは、本来なら魔人の襲撃で死ぬはずだったらしい。
そしてそれをきっかけに、カイルはフィーを守ることを強く誓い、二人の絆はより強固なものになっていくのであった。
だが、エドワードさんは怪我こそ負ったが、今では元気で暮らしている。
もちろん、そのこと自体はとても喜ばしいことだ。
だけど、このゲームとの違いが、一体どのような事態に伝わるのか、全く予測がつかない。
「レオン? どうしたの? 渋い顔して?」
フィーが僕の服の裾を摘んで引っ張ると、不思議そうな表情を浮かべた。
僕はその不意の行動にドキッとしてしまう。
「な、なんでもないよ」
だが、こんな事情、フィーに話すわけにはいかない。
まして、僕のせいで、カイルがああなってしまったかもだなんて……
「レオン殿下〜〜〜、大変! 大変です!!」
その時、ラナが慌てたように駆け寄って来た。
「はぁ……はぁ……はぁ……うぅ……」
大急ぎで走って来たからラナは酷く息を乱しながら、僕にもたれ掛かるようにして寄りかかってきた。
別にそこまで慌てなくもと思うが。
「ラナ、この水をまず飲んで。それから、ゆっくり息を整えるんだ」
稽古中の水分補給用に持ってきた水筒を手渡す。
「ありがとうございま……って、え!? これもしかして、間接キスじゃ……わ、わぁ……」
「そ、そんなこと気にしなくても」
「〜〜〜〜〜〜〜っ……」
飲み終えてから気付いたラナは、両頬に手を当てて顔を真っ赤にさせる。
ラナは幼い頃から母に仕え、こうしてずっと僕の面倒を見てくれた。
そのせいで、こういうのに耐性が無いのだ。
もっともそれは僕も同じだ。
前世も通して、そういう経験に乏しい僕は、ラナにつられて気恥ずかしくなってしまう。
とにかく僕とフィーは彼女が落ち着くのを待つことにした。
そしてようやく息と心が整えられた頃、彼女は手に持っていたタブレットを見せてきた。
「これを見てください」
なになに。
それは王都でのニュース記事のようだ。
『王都上空に、巨大な飛行艦が出現。エルゼア帝国のものか?』
記事にはそう書かれている。
どうやら今から一週間以上前の記事のようだ。
「なんだこれ……?」
エルゼアは、アルドリア王国の北西と国境を接し、圧倒的な武力からその勢力を拡大させている大国だ。
そんな国の飛行艦が王都の上空に現れるなんて大事件だ。
僕はさらに記事を読み進める。
「今回、単艦で飛来した漆黒の飛行艦にはエルゼア王家の紋章が掲げられており、帝国で最高速を誇る皇族艦と見られている。エルゼアは古くから、我がアルドリアと領土を巡って争っており、その関係は良好とは言えない。そんな微妙な立場にあるエルぜアの艦が国境を破り、王都にやってくるなど前代未聞だ」
「レオン殿下、一体どうなってるんでしょう?」
「それは……」
僕はこの状況をうっすらと知っている。
飛行艦ではないが、原作でも国境をエルゼアの大部隊が破り、侵攻してくるという事件がある。
その後、ヴィルヘルムは無抵抗で帝国の傘下に入ることを決め、アルドリアはエルゼアの属国となる。
それに反発する反乱軍に、主人公のカイルが入隊するところから本編が始まるのだ。
「とにかく、大変なことが起こってるのは間違いないみたいだ」
「ねえ、レオン。それって、戦争になるってこと?」
「分からない……でも、それよりももっと酷いことになるかもしれない」
原作では、ヴィルヘルムは身の安全と引き換えに無条件降伏を受け入れ、自国を売り渡すこととなる。
その後、彼の子である王子と王女たちは、帝国の任を受けて、王国各地を支配し、奴隷売買や重税、強制労働などを課すなど、王国は酷い冬の時代を迎える。
その中でも、序盤で対峙する王子は厄介なのだ。
「フィー。今日の稽古はここまでにしよう。君は今すぐ屋敷に戻って、裏口から家に戻るんだ」
「えっ? ど、どうして?」
「それはその……」
言葉に詰まってしまう。どう説明したものか……
魔人を倒したことで、フィーは最悪の運命から逃れた。
しかし、これで彼女が完全に救われたわけではない。
フィーを襲う不幸イベントの数はまだまだある。
特にこれから現れる王子ドミニクは、フィーに一目惚れをした結果、なんとしても彼女を手に入れようと暴走する。
具体的なイベントは思い出せないが、とにかくこの男とフィーを会わせるべきでは無いことはわかる。
「とにかくラナと一緒に屋敷へ行くんだ!」
「う、うん……」
僕は少し語気を強めにして、二人を追いやる。
するとその瞬間、宙にピキリと亀裂が奔った。
それは一度のみならず何度も起こり、やがてガラスが割れたように、屋敷を覆っていた結界が砕け散る。
これまで屋敷を覆い隠し、認識されないようにしていた結界が割れてしまった。
「あら。こんなところに隠れ住んでいたのですね」
おっとりとした声と共に、黒衣の女性が現れた。
女性は優雅で繊細な所作で歩いてくると、僕の前に立ちはだかった。
「お久しぶりですね、レオン」
そう言って女性は柔和な笑みを浮かべた。
誰もが目を引くほどの美貌を持つ青い髪の女性で、傍らには傲慢そうな表情の青年と、おどおどした態度の少女が立っている。
「あなたは覚えていないでしょうけど、ようやく会えましたね」
まるで、聖女と見紛うほどの雰囲気だ。
これほどの美女に優しく微笑まれたら、どんな男でも魅入ってしまう。
だが、僕はひどく緊張していた。
この女性はまずい……
隣にいるドミニクよりも、目の前の人物の方が遥かに厄介だと、僕の脳が告げている。
呼吸が早くなるのをなんとか抑えて、僕は穏やかに相対する。
「察するに、イライザ義母上とお見受けします。隣におられるのはドミニク兄上とエーファ姉上でしょうか?」
「まあまあ、わたくしのことを知っていてくださったのですか? ああ、とても嬉しいですわ」
イライザの手がそっと僕の頬に伸びる。
そして、そっと頬を撫でると、イライザは心底嬉しそうな表情を浮かべた。
――心にも無いことを。
だが、僕の心は以前、彼女について警告していた。
「さて、レオン。もうご存知かもしれませんが、我がアルドリアとエルゼアは〝同盟〟を結びました。そして我が子ドミニクが、この地域の総督を引き受けることに。まさか、こうしてあなたと再会できるとは思いませんでしたが、どうか我が子をよろしくお願いいたしますね?」
そう言って、深々と頭を下げる。
その間、ドミニクは下卑た表情を浮かべていた。
完全に悪意を覆い隠しているイライザと異なり、ドミニクは底意地の悪さが滲み出ている。
彼女――イライザは我が子を王位に据えんと策謀を巡らす、とても危険な人物だ。
そんな彼女たちの突然の来訪、果たしてこれから何が起こるというのだろうか。
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