第14話 運命の別れ道
天を衝くように上がる、巨大な火柱を振るい、僕は目の前の魔人に思い切り叩きつける。
僕の魔力から生み出された炎は、かつて母上が見せてくれたように蒼く燃え上がり、巨大な爆発を引き起こした。
「ぬおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
激しい断末魔が響く。
それは魔人の最期の瞬間であった。
ありったけの魔力を込めた蒼炎は、魔人の全身を焼き尽くし、やがてその肉体と骨の一片をも残さず完全に消滅させる。
後には、魔魂が残されるだけだった。
「はぁ……はぁ……」
魔人の死を見届けると、僕は剣を支えにして膝をつく。
「そ、そうだ周りは大丈夫なんだろうか!?」
慌てて周囲を見回す。
ここは深い森の中だが、そのことを気にせず炎を振り回してしまった。
だが、見た感じ大火事が起こっているとか、そういうことはなさそうだ。
生み出した炎の全ては、魔人を焼くために使われたようだ。
魔術はうまくコントロールすれば、影響を与える対象を絞ることができると聞いたことがある。
無意識に制御ができていたのだろう。
「そうだ。フィーは――」
「レオン!!」
フィーの姿を探そうとした瞬間、大きな衝撃と共にフィーが飛びかかってきた。
「レオン、ありがとう!! 本当にありがとう!! でも、逃げてって言ったのに!! 心配したんだからね!!」
フィーは僕の肩を掴むと激しく揺らして、感謝と説教を同時に浴びせてくる。
彼女の言葉を無視して戦いを挑んでしまったので、確かに彼女にはかなり心配を掛けてしまったと思う。
「まあでも、この通り無事だったし。フィーも何事もなかったわけだし」
「何事もなくて良かったよお!! うっ……怖かった……本当に怖かっだあああ……」
安堵と恐怖が入り混じって、顔中をくしゃくしゃにさせている。
無理もない。僕の四つ上とはいえ、まだ16歳だ。
それに正直に言うと、僕も膝がガクガク震えている。
前世の記憶があろうと、身体と精神は12歳に変わりはない。
今になって敵の恐怖が身に染みてきた。
あれほど恐ろしい存在に、よく勝てたなと思う。
「ありがどう……ありがどうね……」
それから僕らは二人して抱き合いながら、しばらく泣き続けるのであった。
そしてしばらくの後、僕らはようやく落ち着くのであった。
「レオン……レオン!!」
その時、母上の声と共に、彼女が僕を抱きしめた。
「レオン、こんな無茶をして……」
「ごめんなさい。母上の教えを破ってしまいました……」
「ううん。あなたが無事だったならそれでいい……それよりも、私こそ駆けつけられなくてごめんなさい。魔人が現れると知っていたら……」
母上は夥しい数の魔獣の群れに囲われていた。
こちらに手が回らなかったのも無理はない。
「母上は悪くありません。確かに母上がいなくて心細かったですが、それでもなんとかあの魔人を倒すことができました」
「ええ、聞いたわ。本当に……本当に立派だったわ。あの力を克服したのね。本当に偉いわ……」
力強く僕を抱きしめ、頭を撫でる母の手が、たまらなく嬉しかった。
僕はずっと母上に負い目を感じていた。
穢れた子を産んだことで、母上は王宮から追われた。
そのことが心の中で引っかかっていた。
僕のせいで、母上の人生を滅茶苦茶にしてしまったのではないかと。
そして母上は僕を恨んでいるのではないかと。
だが、僕を決して離すまいと掴むこの腕から、彼女の確かな思いやりが伝わってくる。
それに……
「克服できたのは母上のおかげです。僕の中から現れた蒼い炎。それがあの力を呑み込んでくれたのです」
僕が生み出した炎は、母上と同じ蒼色の炎だった。
あの忌まわしい力でも、ヴィルヘルムの禍々しい炎でもなく、母上の炎だったのだ。
「まさか、あなたは私の魔法を継いで……?」
魔法の特性というのは、生まれた時から決まっていると言われている。
風を得意とするもの、氷を得意とするもの、それらは全て生まれた時に決定される。
しかしごく稀に、生来の特性とは別に、親から二つ目の特性が子に遺伝することがある。
数万人に一人という割合でしか発現しないが、僕は二特性を継いでいた。
「はい。僕が継いだのはあの父ではなく、母上の特性です」
僕は手のひら蒼炎を生み出す。
今ではあの力に飲み込まれることなく、簡単に魔法を発現させることができる。
「ああ……私の……私のものと同じ……」
母上の炎を継いだことで、僕は母上との確かなつながりを感じる。
この世界に生まれて、酷い目にあって、自分の運命を呪ったこともあったが……
「母上の子として生まれて本当に良かったです」
今なら心の底からそう思える。
「ありがとう、レオン……私もあなたを誇りに思うわ」
こうして僕らはしばらく親子の絆を確かめ合う。
前の人生は苦しみに満ちていた。
そして新しい人生でも、僕は実の親から命を狙われ悲惨な目に遭った。
どうしてこんな苦痛に満ちた人生を二度も味わわなきゃいけないのか。
あまりの理不尽に怒りが湧いたこともあったが、この世界の母上は、誰よりも優しい人だった。
口数は少なく、母親らしい穏やかさや優しさが垣間見えることは少ないが、それでも彼女が僕のことを大事にし、そのために心を砕いてくれたことはよく分かっている。
そしてフィー。
どれほど絶望的で恐ろしい未来が待っていようと、自分よりも他人のことを考えてあげられる優しい女の子。
彼女の思いやりのおかげで、僕はこの世界でも生きていこうと思えた。
この世界は苦痛の世界ではなかった。
僕を認めてくれ、気に掛けてくれる人達が確かにいて、僕らはそんなみんなに恩を返したいと強く思った。
本来のレオンは、己の境遇とカイルとの差に心が折られ、醜悪な人物となったが、僕は彼のようにはならない。
今ならそう確信できる。
さて、その後、僕らは村の人たちの安否を確認することとなった。
「レオン、みんな怪我はないみたい。瘴気を吸って昏倒したみたいだけど、命に別状はないと思う」
「魔人が現れたっていうのに、奇跡だな」
魔人が出現したら、最低でも街一つ滅びると覚悟すべきだ。
僕はそう知識を叩き込まれた。
だが、今回は奇跡的にみんなを死なせずに済んだ。
「奇跡なんかじゃないよ。私たちの今があるのは、レオンのおかげなんだから」
そっとフィーが僕の手を両の手で包む。
「改めて、本当にありがとう」
手から伝わる温もりにドギマギしてしまう。
しかし、それにしても奇妙な気分だ。
本来なら、フィーにこうしてもらうのは、カイルの役目だったはずなのに。
「あれ、カイルは?」
「あ、そういえば、どこにもいないね?」
どこを見回してもカイルは居ない。
真っ先に家に帰ったのだろうか?
それにしても僕らに何も言わずに姿を消すなんて、なんだかよそよそし気がする。
「まあ、明日の稽古になれば、またすぐ顔を合わせるよ」
「そうね」
だが、その翌日、カイルは稽古に顔を出さなかった。
それだけじゃない。数日、数週間と経過しても、カイルは僕らを避け続けた。
同じ村に住むフィーですら、カイルと顔を合わせる機会は無いそうだ。
僕らとの関わりを絶ち、カイルは一人静かに強くなる道を選んでしまったのだ。




