第12話 受け継がれたもの
前世の僕は、生きる意味を見失っていた。
母に人生を支配され、搾取され、やがては死を待つだけとなった。
だけど、生きる意味というのは与えられるものではないのだと、何となくそう思った。
「だ、だめ!! 逃げて!!!!」
フィーの必死な声が響いた。
だけどそれは聞けない。
僕はフィーが絶望しながら死んでいく未来を知っている。
それを助けられるカイルはすっかり腰が引けてしまった。
そして、ここには村のみんなが、僕らを匿ってくれたエドワードさんたちがいて、守れるのは僕だけだ。
みんなを見捨てて逃げるなんてできない。
僕は剣を引き抜く。
ここにいるみんなが、今の僕の生きる意味だ。
僕は覚悟を胸に、真っ向から魔人に斬りかかる。
「フッ……」
魔人が軽く鼻で笑い、剣を横薙ぎに払う。
僕はそれを受け止めるが、あっさりと弾き飛ばされてしまう。。
「所詮は蛮勇だったか? 先ほど我を払った一撃には驚いたが、所詮は子供か」
膂力の差は歴然だ。
魔魂を取り込んだことで、僕の力は同年代の子では比較にならないほどに強化されている。
それこそ、大人が相手でも力負けしないだろう。
だけど、やはり魔人はレベルが違うようだ。
「さて、どうした? もう終わりなのか?」
魔人との力の差を痛感していると、こちらに向けて指をクイっとさせ挑発してきた。
すっかり舐められているようだが、それなら却って好都合だ。
僕は、諦めずに何度も魔人に斬りかかっていく。
一撃、二撃と……剣戟の音が響く。
やがて、それらは僕らのスピードに合わせて加速していき、凄まじい金切音を周囲に響かせるのであった。
「ほう。我の速さについてこられるか」
力はともかく、スピードならこちらも自信がある。
森で魔獣狩りをしていた時、僕は自分の命を守るため、何事も俊敏であることを心掛けてきた。
おかげで身のこなしや反応速度など、素早さはかなり鍛えられたと思う。
実際、魔人と数十回と剣を交えるなかで、僕の反応が遅れることは一切なかった。
有効打は与えられていないが、魔神の攻撃は全て捌き切っている。
「大した身のこなしだ! これほどやりづらいと思った男は、貴様が初めてだ!」
魔人が嬉々として剣を振るう。
正直、この男の重々しい一撃を受け流すのは厳しいものがあるが、それでも僕はその全てを何とか打ち払う。
「クク……奇妙な感覚だ。人間の幼子がこれほどまでに戦えるものなのか。先ほどの男はたったの一撃しか耐えられなかったと言うのに」
「人間を馬鹿にしない方がいい。お前は確かに強い。だけど、お前でも敵わない人間はいくらでもいる」
こうして対峙してみて分かる。
この魔人は魔人の中では標準的な強さなのだと、そう断言できる。
無論、僕なんかよりもずっと強いけど、僕は他にそういう存在を知っている。
母上だ。
彼女と打ち合いをしたり、剣を間近に見る時、僕は途轍もない底知れなさを感じるのだ。
本気の彼女は一体、どれほどの力を持っているのか、僕程度の実力では測りきれない。
だがこの魔人からは、その圧倒的な力が感じられない。
力と速さこそ凄まじいが、決して人間の敵わない相手ではないと、そう思えてくるのだ。
「随分と大口を叩くものだ。ではまずはお前で見せてもらおうか。人間が秘めている可能性とやらを」
これまで魔人は明らかに手を抜いてた。
だが、今その慢心が消えたのが分かる。
どうやら本気にさせてしまったようだ。
僕は剣を強く握り込むと、ゴクリと唾を飲み込む。
ここまでは予定通りだ。
だが、本気となった魔神の力がどれほどのものか、まだはっきりとは分かっていない。
それだけに緊張してしまう。
「では参るぞ」
直後、魔人の姿が消えた。
いや、正確には、目で追うのが困難ほどの速度でこちらに迫ったのだ。
――キィィィィンッ!!!
大きな金切音が響いた。
迫り来る魔人に対して、僕は即座に剣を振るって応戦した。
全霊を込めた魔人の一撃。
それは凄まじい重さで、腕がヒリヒリする。
「グオオッ……」
直後、魔人が腕を押さえた。
「バカな……この我が負傷した……だと?」
どうやらうまくいったようだ。
剣を交える中、僕は魔人に一撃を喰らわせていた。
決して深い傷ではないが、それでもようやく与えられたダメージだ。
「さあ、続きといこう。僕はまだ戦える」
正直、限界が近いが、それでも僕はそう口にする。
この戦いはあまりにも絶望的だ。だからこそ、自分を鼓舞しなくてはならない。
「面白い。その強がり、いつまで続くか見てやろう」
それから僕らは何十と剣を交わした。
圧倒的な力を持つ魔人の本気の剣撃と打ち合うのは、これまでのどんな戦いよりも苦しい。だが……
「ごふっ……」
決着がついた。
地面に膝をついたのは、魔人の方だ。
「嘘……勝っちゃった……?」
あっけにとられた様子でフィーが呟く。
だが僕は、油断せず剣を魔人に向けて構える。
最後の一瞬まで気を抜くな……それが母上の教えだ。
「バ、バカな……力で圧倒的に勝っていたはず……それが何故……」
「簡単だよ。技の差だ」
「技……?」
最初の打ち合いで、僕はすぐに確信した。
少なくとも目の前の魔人は、剣術を体系的に学んだことはない。
一撃で大の大人を昏倒させ、並の人間が相手なら決して負けるはずがない。
それだけに彼は、剣術というものを必要としなかったのだろう。
「僕は小さい頃から母上に厳しく剣の型を叩き込まれた。魂に刻むようにって、何百万と素振りもしてきた」
それは子供にとってあまりにも厳しい鍛錬だった。
だけど、その無数の反復の中で、僕はこの国の頂点に立つ騎士の剣を習得した。
もちろん、今でも母上の足元にも及ばない。
だが、たとえ魔人が相手でも、力が劣っていても、母上から継いだ剣の可能性を引き出せば、負けるはずがなかった。
「レオン……お前は一体どこまで……」
カイルが呆然と僕を見ていた。
だが、本来ここに立っていたのはカイルだ。
僕は今日の一戦を除いて、これまで一度もカイルに勝てたことがなかった。
体格の差もそうだが、カイルもまた、母上に師事して、僕以上に厳しく血反吐を吐くような鍛錬を繰り返していた。
魔獣を狩っては魔魂を吸収するという修行も彼は僕よりも早くこなしていた。
カイルがその力の全てを引き出していれば、僕よりも簡単に魔人を捩じ伏せられたはずだ。
だが今となっては、それは無意味な仮定に過ぎなかった。
「理解出来ぬ……敵など、圧倒的な力で捩じ伏せればそれで良い……小手先の技術に頼るなど……」
それが魔人の価値観なのだろう。力に重きを置き、剣術を発展させる余地が生まれなかった。
だから、か弱い僕でも勝ちの目が生まれた。
この勝利は幸運によるものだ。
「さて……」
僕は魔人に近付き、首筋に剣を突きつける。
「魔人を生かす理由はない。ここで死んでもらう」
僕は思い切り剣を振り上げる。しかし……
「まだだアアアアア!!!」
魔人が雄叫びを上げると、凄まじい魔力を解き放った。
僕はたまらず、吹き飛ばされてしまう。
お読みいただいてありがとうございます!!
少しでも面白いな!!続きを読んでみたいな!!と思っていただけたら、ブックマークに追加していただいて、下の☆☆☆☆☆を塗りつぶしていただけると励みになります!!
何卒よろしくお願いいたします!!!!
また、本作はカクヨムというサイトにも投稿しております。
最新話はそちらに掲載しておりますので、先の展開が気になる方はぜひご覧ください!




