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第10話 燃える村

 シルヴァンホロウと呼ばれる森の奥には、アルナ村と呼ばれるひっそりと小さな村が佇んでいる。

 村を含めた森一帯は、フィーの父上であるエステリア伯爵……エドワードさんが治める領地である。


 母上はフィーの両親と幼馴染の関係にあり、僕がヴィルヘルム王に命を狙われていることを知りながら、密かに匿ってくれた。


 僕らが住んでいる屋敷だってエステリア家の別邸を借りたものだ。

 ここには幾つもの結界が張られており、普通は立ち入りは疎か、その存在を近くすることすら出来ない。


 おかげで僕らの所在はまだ国王に知れていない。


「レオン殿下ぁぁぁぁああ! ご無事ですか〜〜〜〜〜!?」


 屋敷に戻って早々、メイドのラナが抱きついてくる。

 僕が生まれた頃から、面倒を見てくれたメイドだが、かなりの心配性で、今もこうしてがっちり僕を放さない。


「だ、大丈夫だよ、ラナ。それよりも、何があったの?」

「確か、村に火の手が上がってたな……火事でも起きたのか?」

「その……よく分かりませんが、村の中に瘴裂が出来たとかで」


 瘴裂が人里に……?

 それはとても珍しい現象だ。

 瘴裂の詳しい発生条件は明らかになっていない。

 ただ、人の持つ魔力を避ける性質があることは分かっている。

 だからこれまで僕は、森の奥地など、人里から離れた場所で瘴裂を探していた。


「とにかく、私たちは地下に避難しましょう。村の方はセレナ様が対応してくださいます」


 ラナに連れられて、屋敷の地下へと向かう。

 そこは僕らが移り住んでから作られた場所で、万が一の時に身を隠せるようにとエドワードさんが好意で用意してくれた場所だ。

 それは書斎の本棚の裏にある隠し階段から繋がる場所で、異なる世界でも本棚の裏に隠し部屋という発想は共通しているようだ。

 ラナは慣れた手つきで、特定の本を並び替える。

 この扉は、特定の重量を感知する第一ロックと、ラナや母上、僕など、限られた人間の霊子情報を読み取る第二ロックで鍵が掛けられている。


 霊子情報というのは、魔力版の指紋のようだ。

 魔法のエネルギー源となる魔力は、外気から霊子と呼ばれる魔力の素を取り込むことで生成される。

 その過程で、霊子は個々人の特性に合わせて微妙に変質していく。

 そのため、体内の霊子を解析することで、こうして扉の開錠などに使える便利なセキュリティとして利用することができるのだ。


「中は暗くなってるので気を付けてくださいね。殿下、せっかくなので手を繋いでてあげますね」

「いや、それは大丈夫だよ」


 フィーといい、ラナといい、どうも僕の周りの女性は、僕を幼子扱いしてくる気がある。

 まあ、実際小さな子供ではあるけど。

 ラナの後に続いて、地下室へと向かうその時、僕は何気なく後ろを振り返る。


「フィー? どうしたの?」


 そして、フィーの様子がおかしいことに気付く。

 彼女は入り口で立ち止まったまま、入ろうとしないのだ。


「あ、えっと……そ、そうだ! 私、忘れ物しちゃったみたい。と、取りに戻らないと!」


 まるで今、咄嗟に思い付いたかのような言い訳だった。

 流石にこんな露骨な態度を見せられて素直に信じる者はいない。


「えぇ!? わ、忘れ物しちゃったんですか!?」


 …………ラナの慌てように、カイルがマジかという表情を浮かべたのを見逃さなかった。


 それはさておき、フィーの言動で察する。彼女は村に戻るつもりだ。

 だが、それは流石に危険だ。


「忘れ物って、そんな大したもの持ってきてないだろ」


 カイルの言う通り、庭の稽古場にそんな大層なものは持ち込まない。


「あ、いや、その、なんというか……か、形見みたいなものを忘れちゃって。その……小さい頃にひいおばあちゃんにもらった大事なやつで」


 みたいなものってなんだ?

 フィーは素直すぎる子なので、嘘をつくのがこの上なく苦手だ。

 そもそもフィーの曽祖母は、フィーが生まれる前に亡くなられている。

 一瞬でバレる嘘しかつけないのが、彼女の欠点(美点?)だ。


「ひいおばあちゃんの形見って……大変です! すぐに探さないと……あ、でも、セレナ様の命令もあるし……どうすれば!?!?」


 あわあわとラナがパニックに陥る。

 彼女もまた、あまりにも純真すぎた。

 幼い頃から僕に付き合って、この屋敷と村だけで暮らしてきたので、彼女もあまり人を疑わないところがある。

 僕もカイルもどうしたものかと顔を見合わせる。


「それじゃ僕も付き合うよ」

「まあ、そうだな」


 しばらく逡巡して、僕とカイルはフィーに付いていくことにした。

 フィーは「そこまでしてもらわなくて大丈夫」と必死に止めようとしたが、火に包まれた村に、一人で戻らせるなんてできる訳がなかった。

 僕らは困惑するラナに申し訳なく思いながらも、屋敷を後にする。

 そして、屋敷の庭に着いた頃。


「あ、あの、ごめんね。本当は忘れ物なんて嘘で……」

「知ってた」

「知ってた」


 僕もカイルも同様の反応を返す。


「え!? なんで!? なんで、バレたの!? すごく自然に振る舞ったのに」


 どうやら彼女的にはあれが、精一杯の演技だったようだ。

 だとしたら、役者を目指すのはやめた方がいいかもしれない。


「とにかく、村に戻るんだろ? それなら一緒に行こう」


 カイルがフィーに提案する。

 唯一の家族である父親が遠征しているカイルはともかく、フィーは両親、歳の離れた妹が村に残されている。

 多分、説得しても彼女はどうにか隙を見つけて、村へと行ってしまうだろう。

 なら、フィーに危険が及ばないようにするには、こうするしかない。


「で、でも、それじゃ二人が危ないし……」

「瘴裂があるってことは、魔獣が出現したってことだ。それこそ三人で、力を合わせないと危ないと思う」


 フィーは魔力量では僕らの中でもダントツだ。

 カイルも剣の技量と体力はかなりのものだ。

 それでも、魔獣を相手にするなら、気を引き締めないといけない。

 奴らは獰猛で、人を喰らうことしか頭にない。

 少しでも油断すれば、命を落とすのはこちらだ。


「二人ともありがとう。それじゃ、一緒に行こう」

「うん。だけど、必ず守ってほしいことがあるんだ」


 敵をよく観察しろ。勝てるまで戦うな。勝てないなら逃げろ。

 母上の教えだ。

 僕たちはまだ子供だ。

 危険に飛び込むなら、せめてこれを守って、自分の身を守らないといけない。

 僕たちは改めて、覚悟を決めて村へと向かう。


 そして、アルナ村。

 先ほどまで炎上していた村は、すっかり鎮火していた。

 フィーの母親は高度な魔術の使い手だったはずだ。

 恐らく彼女の魔術で消火されたのだろう。


 さて、黒焦げになった村の中で、鎧を纏った母上が無数の魔獣と戦っていた。

 頭上には、禍々しい色の十字傷が浮かんでいる。

 そこから次々と魔獣が襲いかかるが、母上は一切の呼吸の乱れも見せず、魔獣を一撃で絶命させていく。

 その剣捌きは流麗で、まるで剣舞のようだった。


「すごい……これなら……」


 瘴裂は一定量の魔獣を吐き出せば消滅する。

 この分なら、問題はないだろう。

 その時、母上が僕らの姿を見つけた。

 どうしてここにとでも言いたげな、驚きの表情を浮かべている。


「あなた達、どうして……いえ、とにかく逃げなさい! 村のみんなは伯爵家の屋敷へ行ったわ」


 魔獣を軽く屠りながら、母上が逃げるよう促す。

 伯爵家の屋敷――フィーの実家であるそこは、村から少し離れたところにある。

 そこなら魔獣の被害も避けられるだろう。


 僕たちはすぐさま、屋敷へと向かう。

 その道中、屋敷へと歩いていく村の人たちを見掛けた。


「フィー! 無事だったの!」


 ちょうどその時、人波をかき分けて赤毛の少女がやってきた。

 彼女の名前はアンナ、フィーの親友だ。


「アンナ! どう? 怪我はない?」

「セレナ様が来てくれたから大丈夫。ちょっと転んで膝を擦りむいちゃったけど、それぐらいよ」

「なら、ちゃんと治さないとね」


 フィーがアンナの傷口に右手をかざすと、ぼうっと白い光が放たれる。

 すると見る見るうちにアンナの傷は塞がるのであった。


「フィー〜〜〜!! ありがとう!!」


 アンナがフィーに抱きつく。


「へへ。女の子だから肌は大事にしないとね」


 ともかく村の人たちに被害はほとんどなさそうだ。

 魔獣に襲われて怪我をした人たちもいるが、いずれも軽傷で、フィーの治癒術であっという間に治されていく。


 やがて屋敷が見えてきた。

 そこでは領主のエドワードさんたち、フィーの家族が待ち受けていた。

 みんな無事のようだ。


「どうやら、杞憂だったみたいだな」


 カイルがそっとため息吐く。

 フィーが村に戻ると言い始めた時はどうしようかと思ったが、母上のおかげで被害はほとんど無い。

 心配のしすぎだったようだ。


「ほら、家族に無事な姿を見せてやれよ」

「うん」


 カイルに促されて、フィーが家族の元へと駆け寄る。

 しかし、その瞬間、ぞくりと背筋が凍る感覚が走った。

 お読みいただいてありがとうございます!!


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 何卒よろしくお願いいたします!!!!


 また、本作はカクヨムというサイトにも投稿しております。

 最新話はそちらに掲載しておりますので、先の展開が気になる方はぜひご覧ください!

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