第9話 母の愛
見知った天井だ。
次に目を覚ました頃、僕は自室の天井を見上げていた。
「レオン、目が覚めたのね? 体調はどう?」
母上が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
彼女のこんな表情、生まれて初めて見たかもしれない。
「僕は一体……」
直前にあった出来事を思い出そうとする。
そうだ。魔力操作の練習をしていたら、僕の中の何かが暴走して……そして僕はフィーを傷つけてしまった。
あの触手の一撃がもたらした傷は酷いものだった。
母上が止めてくれなければもっと酷いことになっていただろう。
「少し、魔力が暴走してしまっただけよ。言ったでしょう。あなたに魔力操作はまだ早いと」
「……それは」
確かに母上の言う通りだろう。
魔力を発露させた結果、僕は己の体内にある悍ましい魔力を引き出してしまった。
そして、今の僕ではそれを制御することができない。
でも、どうして僕にこんな力が……どうしてその理由を思い出せないんだ。
そして、母上の言動に気になるものがあった。
彼女は明らかに何かを隠している。
僕の中で渦巻くおどろおどろしい邪気。母上はその正体を知っているはずだ。
知っていて、僕に話そうとしていない。
「僕が穢れているからですか……?」
だから僕は直球で、疑問をぶつけてみる。
僕の中の悍ましい力、それがなんなのか、僕は向き合わなくてはいけない。
すると、母上が一瞬、怒りのような悔いのような複雑な表情を浮かべ、大きく声を張り上げた。
「そんなことない!!」
それは母上が初めて感情を昂らせた瞬間だった。
「でも、僕は父上に……」
そう尋ねると、母上は僕の両肩にそっと手を乗せる。
「違う。あなたはただ強大な力を持って生まれただけよ……あなたに落ち度なんて何一つない」
その目端には、うっすら涙が堪えられていた。
「なら、この力は一体……」
「全ては私と、あの身勝手な王の罪よ。私たちが子を為さなければ、あなたはそんな力を持って生まれることもなかった」
「なら僕は生まれて来るべきじゃなかったということ……?」
よく分からないが、我が父ヴィルヘルムと母上、二人が交わることで、僕のこの忌まわしい力が発現したということなのだろうか。
なら僕は、父の言う通り、生まれながらにして穢れているということになる。
「そんなことない」
母上が僕をそっと抱き寄せる。
「ただこの世界に生まれただけのあなたに、責任なんて何もないの。あなたはただ、強い力を持ってこの世に生を受けてしまっただけ。その力の由来がなんだろうと、あなたが罪の意識を感じる理由はどこにもない」
「母上……」
ああ、そういえば、こうして母上に抱きしめられたのは初めてかもしれない。
母上は、今まで僕に触れようとしなかった。
僕の中の何かのせいで、母上は父上と同じように僕を憎悪している。
そんな風に考えたこともあった。
世界を変えても、僕は親に否定され続ける人生を送るのだと、勝手に思い込んでいた。
だけど今、僕を包むこの温もりが、僕の疑念を晴らしてくれる。
こうして僕を包んでくれる彼女の想いが偽りだとは、思いたくなかった。
「あなたは胸を張って、あなたの人生を生きるべきよ。そのための術は、私が全て叩き込む。だから今は体と心を鍛えて。今はその力が抑えられなくても、きっといつか必ず抑えられる日が来るわ」
そうか。
彼女が幼少期から厳しい修行を課してきたのは、そのためだったのだ。
僕の中には得体の知れない、禍々しい力が宿っている。
母上は、それを制御する強さを僕に身につけさせるために、幼少期から鍛えていたのだ。
今になって、母上の真意が少しだけわかってきた。
「分かりました。僕は、母上を信じます。信じて、もっと強くなります」
父上に殺されかけるという悲惨な事件から始まった人生だが、僕の胸には生きる意思がみなぎっていた。
前世から人間関係に恵まれなかった僕だが、母上にフィー、二人の理解者を得られた。
二人の想いに報いるためにも、僕は必ず強くならなくてはいけない。
僕は改めて決意した。
それからというもの、僕はこれまで以上に母上の課す修業に真剣に取り組んで行った。
筋力トレーニング、形稽古、打ち合い、精神修養、全てがあの力の制御につながるはずだ。
そして、実践的な稽古も続けていた。
「あれが瘴裂か……」
ある日、僕は森の奥を探索していると、空間に裂け目が開いているのを見つけた。
それは禍々しい瘴気を放っており、そこから次々と魔獣が湧いていた。
後から母上にそれは瘴裂と呼ばれる、魔獣が発生するスポットだということを教わった。
それ以来、僕は瘴裂を探しては、無限に湧く魔獣を相手に実戦訓練を行なっていた。
「今回は小型の狼か……一匹一匹の戦闘力は大したことない。だが、数は十……いや、二十はいそうだ」
今日も僕は森の中で瘴裂を探していた。
そして、冷静に敵の群れを観察する。
「敵をよく観察しろ。勝てるまで戦うな。勝てないなら逃げろ」
母上の教えを思い返す。
実戦に挑むにあたり、母上はこれだけは守るようにと言いつけた。
この国一番の騎士だけあって、シンプルながら大事な言葉だ。
「今の僕があるのは、母上が僕を守り、鍛えてくれたからだ。絶対に死ぬつもりはない」
強くなることを目指す以上、どこかで命の危険に曝されるのは避けられない。
だけど、無謀なことをして死ぬ気はない。
その時、群れから少し離れたところにいる狼を見つけた。
僕は一気に距離を詰め、不意打ちで狼を絶命させる。
「まずは一匹」
即座に飛び上がり、木の上へと登る。
騒ぎに気付いて何匹かが様子を見にくる。
僕はそれを待って、首を刎ねる。
「グルルル……」
「バウバウバウ!!」
仲間が殺されるのを目の当たりにして、残りの群れが一目散にこちらへ向かってくる。
即座に木の上に戻り、木から木へと伝い逃げていく。
匂いを辿っているのか、狼たちも追ってくるが、こちらは事前に地形を完全に把握している。
川や崖などの地形を利用して狼たちを散らせると、確実に彼らを仕留めていく。
「これで全部か」
討伐を終えた後、周囲を確認して他の個体がいないか確認する。
こうして僕は、確実に勝てる相手を、確実に勝てる状況で仕留めるということを繰り返してきた。
「結構、魔魂が集まったな」
僕はこうして魔獣を狩り、体を鍛えることを繰り返していた。
時折、竜のような強力な魔獣も現れるが、その時はチャンスだ。
その攻撃を身体中に浴びては吸収し、僕は魔力の器をひたすらに鍛えていく。
一年、二年とそれをずっと繰り返した。
そしてある日のこと。
僕はカイルと打ち合いをしていた。
「勝負あり。レオンの勝ち!! すごい! すごいよ!!」
フィーが僕の勝利を告げる。
同時に宙に舞ったカイルの木剣が地面に突き刺さる。
これまで、僕はカイルと立ち会って、一度も勝ったことがない。
しかし、12才の誕生日を迎えたこの日、僕は初めてカイルから一本を取ることができた。
「俺が……レオンに負けた……」
カイルが木剣を見つめて呆然とする。
流石に四つも下の弟分に負けるとは、彼も思っていなかっただろう。
「カイルさん、残念でしたな。やはり、悔しいのですかな?」
イタズラっぽくフィーが尋ねる。
「そ、そんなんじゃないって! ただ、まあ、こんなにレオンが強くなってるなんてびっくりしただけだ」
「うーん、そうだよね〜! 出会った頃はあんなに小さかったのに、こんなに立派になって! 背もだいぶ伸びてるし、もうすぐ抜かれちゃうかな」
フィーが僕の頭の上に手のひらを乗せて身長を比べる仕草を見せる。
「おっと、そういえば今日はレオンの誕生日だったよね? 実は、村のみんなでお祝いを用意してるんだ。早速、行こうよ?」
ここ数年で、僕の行動範囲も少しは広くなった。
村の人たちは口が堅く、これまで僕らの居場所が知れることは一切なかった。
そのため、僕も村に遊びに行っていいと、許可が降りたのだ。
特にフィーの両親は、僕を我が子のように可愛がってくれて、こうして誕生日には毎年お祝いをしてくれるのだ。
「では、殿下。僭越ながら私がエスコートさせていただきます」
大仰な所作でフィーがスカートの裾を摘んでお辞儀をすると、僕の手を繋いだ。
不意に手が触れたので、思わず僕は驚姫、ドギマギしてしまう。
「なんだかこうして手を繋ぐのって、久々だね?」
「う、うん」
動揺を悟られるように、僕はなんとか平静を装う。
フィーはカイルの婚約者。フィーはカイルの婚約者。フィーはカイルの婚約者。
念仏のように僕はその言葉を頭の中で唱える。
「ほら、カイルも行こう」
一方でフィーはカイルを促すが、カイルは木剣を見つめて立ち尽くしたままだ。
「いや、俺はいい。もう少しここで素振りを――」
「レオン、みんな!!」
その時、慌てたように母上が駆け寄ってきた。
なんだか酷く取り乱している。息も荒い。
「良かった……みんな村には行ってないのね」
「そうですけど、セレナさん、一体どうしたんですか?」
フィーが首を傾げる。
何か余程のことがあったようだが。
「事情を話している暇はないわ。みんなは屋敷に戻って、ラナと一緒に地下に避難してちょうだい」
ラナというのは、我が家のメイドだ。
幼い頃から面倒を見てくれて、僕の姉代わりのような人物だ。
しかし結局、事情は明かされなかった。
村で何かあったのだろうか?
「レ、レオン、見て! 村が……!」
直後、フィーに促されて村を見る。
するとそこでは……
「村が燃えている……?」
巨大な火柱が上がっており、村が炎に包まれていた。
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