序章 檻の中の日々
ご覧いただいてありがとうございます!!
久々の投稿で右も左もよく分かりませんが、面白そうと思っていただけたら、何卒お付き合いください!!
「……この役立たずのゴミが」
それが最後に母に投げかけられた言葉だった。
首を絞められ、薄れゆく意識の中、僕――中川晴人はこれまでの人生を振り返る。
ある日、優しかった僕の母は、豹変した。
僕が小学生に上がった頃の話だ。
「なにかしら、このゴミみたいな点数は?」
母は苦々しく吐き捨てると、小学生に上がって初めて受けたテストの答案をくしゃくしゃにして投げ捨てた。
95点――生まれて初めてとったテストの点数。
式の順番が逆だったとか、そんな些細な理由で減点されてしまったが、点数自体は高かったから、きっと両親も褒めてくれる。
そう思い、ウキウキしながら両親に見せに行った。
だけど、返ってきたのは賞賛などではなかった。
「小学生の……それも一年生のテストなのよ!? それなのに満点が取れないなんて、脳に問題でもあるのかしら? ああ、もうっ!!」
淡い期待に反して、母は失望と怒り、そして侮蔑がないまぜになったかのような表情を浮かべていた。
地面に放り捨てられた答案用紙を踏みつけ、盛大にため息を吐く母の姿に、僕は涙が込み上げてきた。
「お、おい。頭がどうのなんて……いくらなんでも、言い過ぎだぞ」
父が母を諌めようとする。
直後、バンと机を叩く音が響いた。
「あなたは何の苦労もせずに大学行ったから、そんな気楽でいられるのよ!! あなたは知らないだろうけど、近所のご家族では小学校から私立に通わせてるところもあるのよ? うちはその時点で出遅れてるのッ!!」
家が貧しく大学に通うことのできなかった母は、その反動で教育に熱心だった。
近所に住む、裕福な家庭への対抗心もあったのだろう。
この日から、僕の地獄のような日々が始まった。
中学受験、大学受験……母はその情熱から、僕からありとあらゆる娯楽と睡眠時間を奪い、人生の全てを勉強に向けさせた。
偏差値は常にグラフに起こされ、わずかでも下降すればヒステリックに怒鳴られる。
食事中や休憩中には、近所の同年代や、同級生がいかに優秀かを語られ、彼らと比較して、僕はどれほどダメな人間なのかということを、熱心に語られた。
だけど、その情熱は必ずしも僕の成績向上には結び付かなかった。
「アイドルのアイちゃんってマジでエロいよな」
中学に進学したばかりの頃だ。
同級生が猥談を始めて、ひどく狼狽したのを覚えている。
周りの男子は脳天気に、あのアイドルがいいとか、あの漫画が神だとか、くだらない話題でいつも盛り上がっていた。
母はそんな彼らを見下し、僕にはああはなるまいと言い聞かせた。
だけど、入学してすぐに、僕の成績は下から数える方が早いくらいになっていた。
毎日馬鹿騒ぎして盛り上がる彼らは、僕なんかよりもずっと優秀だった。
母は、成績の上がらない僕に失望し、毎日のように金切り声をあげ、物にやつ当たりし、僕の罪悪感を掻き立てた。
その頃から、どういうわけか父の帰りも遅くなり、僕を庇う者もいなくなった。
そして僕は、勉強のストレスから、ひどい頭痛と睡眠不足に悩まされることになった。
それでも、母の望む成績を取れば解放される。
その時の僕には、そんな考えしか浮かばなかった。
受験学年になった頃、僕は学年50位以内の成績を維持できるようになった。
模試でも第一志望でA判定が取れるようになり、これで母も満足してくれると、そう思った。
しかし……
「たかが50位で、どうしてそんなに安心していられるの!! 一流の企業に進むなら、こんな成績じゃどうしようもないって、そんな簡単なこともわからないのかしら? 怠けていないで、もっと努力をしなさい!」
怠けてなどいなかった。母に言われるがまま、人生の全てを勉強に捧げてきたのだ。
部活に打ち込むとか、友達と旅行だとか、恋人とデートだとか、周りの同級生が当たり前のように過ごす青春の全てを捨ててきた。
それから一層、母は厳しくなった。
母親のプレッシャーは受験本番まで続く。
そんな緊張状態の中、受験本番の日を迎えた。
そして……
「っ……お゛お゛……」
答案用紙が目に入った瞬間、僕はとてつもない不快感を覚えた。
そして次の瞬間、答案用紙は吐瀉物に塗れていた。
「クソッ……なんで俺の隣で吐くんだよ」
「どうせ吐くなら他人に迷惑掛けないように吐けよ」
人生で一番惨めな瞬間だった。
受験は失敗し、僕は第二志望だった私立大学に進学した。
「ああ……本当に最低よ! どうして……どうして思い通りの結果を出してくれないの……? 近所の子供達はみんな有名国立大学に進学してるのに、うちの子だけが思い通りにならない!! どうして私だけ……私だけ、こんな出来損ないを押し付けられるのよ!!」
母は半ば発狂した様子で、僕の私物を片っ端から捨てていた。
幼い頃に買ってもらったおもちゃやぬいぐるみだ。
それらは、まだ両親との関係が良好だった頃に両親がくれたものだった。
せめて就職がうまくいけば……
僕は必死に就職活動に取り組んだ。
おかげで、僕は誰もが知る一流の企業に入社することができた。
「おめでとう。これで、私の努力も報われるのね……」
母は涙を流して祝福してくれた。しかし……
「今まで散々迷惑を掛けてきたんだから、これからは恩返しをしなさい」
母は強欲だった。
一流企業に入れてやった恩を返せと、仕送りをせがんできたのだ。
僕は言われるがまま、毎月18万円を母に振り込んだ。
一流企業の初任給なら確かに払える額だ。
だが、それは一流企業ならではの激務に耐えてようやく捻出した金額だ。
そのほとんどが奪われ、僕は日々の生活もままならない状態だった。
程なくして、僕は限界を迎えた。
あれだけ勉強を続けてきたのに、僕の行き着く先はこんな惨めな日々なのか。
そう思った僕はある日、プツリと糸が切れたように気力を失い、家から出られなくなってしまったのだ。
僕は会社を辞め、僅かばかりの退職金と、母に搾取されながらなんとか貯めた金で細々と暮らすようになった。
まんまと社会不適合のニートに昇格したのだった。
それからはだらだらと怠惰に過ごすだけの日々を送った。
僅かな貯金が尽きて、まともに食べられなくなったら、そのまま栄養失調で死ねばいい。
積極的に命を断つ勇気はなかったが、そんな消極的な希死念慮に囚われていた。
そんな自堕落な日々を送る中で、僕はあるゲームに出会った。
トワイライト・クロニクル。
いわゆるエロゲーというやつだ。
と言っても、長年ファンタジー系の大作を作り続けてきた老舗のブランドが出した最新作で、世界観やゲーム性にこだわった作品らしい。
今までこの手のゲームをやったことはないが、世界観に惹かれてなんとなく始めてみた。
実際、そのゲームは確かに魅力的で面白かった。
だが、一つだけ、どうしても受け入れ難い要素があった。
それは、このゲームにおいて、あらゆるユーザーから嫌われてる裏主人公についてだ。
その人物は、主人公カイルの幼馴染で、レオンという。
誰もが目を惹く、薄幸の美青年で、柔和な性格、カイルに匹敵するほどの才能と武術の腕を誇る完璧な男だが、その本性は下劣であった。
このゲームは基本的にカイルの視点で進む。
このゲームで仲間になるキャラクターは、男女問わずカイルとの交流エピソードが設定されている。
いずれも彼らと親交を深めながら、その人となりや境遇を知っていくという構成だが、この交流エピソードは、カイルの選択によって、幸福ポイントと不幸ポイントが溜まっていく。
贈り物をしたり、戦闘で勝利したりして仲間の信頼度を上げると、過去やトラウマを乗り越えるエピソードが発生し、ヒロインキャラになるとカイルと恋仲になるエピソードも見られるようになる。
それらをこなすと、ステータスは大幅に強化され、エロゲー名物の深い仲になるシーンも解放されるのだ。
問題は、カイルが選択を誤った時だ。
信頼度が下がると、カイルに不信感を抱いた仲間が離脱してしまう。
それだけならいいのだが、これがヒロインキャラだと、とんでもないことが起こるのだ。
一人でもヒロインの不幸ポイントが上限に達すると、レオンの視点のルートが解放されるのだ。
レオンは、序盤の頼れる仲間で、カイルの親友だ。
しかし、ある事情からカイルを憎み妬むレオンは、カイルからヒロイン達を寝取ろうと画策していた。
レオンは、カイルへの信頼度が下がったヒロインたちの弱みを握ったりして、逆らえない状態にする。
そして、やがてヒロインたちの身も心も堕としていく。
ヒロインたちの末路は多種多様で、選択次第では、敵国や奴隷商に売り渡したり、わざと危険な任務に向かわせたりすることも可能で、そうした場合、ヒロインたちは、それはそれは酷い目に遭ってしまう。
そうしてカイルを追い詰め、破滅させようとするのがこのレオンというキャラだ。
当然、ユーザーからは蛇蝎の如く嫌われ、彼の本性が暴かれ、一騎討ちをするシーンでは、ユーザー達はゲーム中で採れるあらゆる残虐な行動を選択して、レオンを苦しめようと躍起になり、その様子がSNSにアップされて盛り上がるほどだ。
だけど一点だけ、彼にも同情すべき点がある。
レオンは、生まれたその日に父親に殺されかけるのだ。
彼には、この世界を滅ぼした邪神の血が流れており、そのことから命を狙われる。
それからも執拗に刺客が送り込まれ、ついにはレオンの母が殺されてしまう。
さらには信頼していたメイドにすら命を狙われ、レオンはそれらの出来事がトラウマになり、毎晩のように悪夢を見るほどだった。
それでもレオンは、幼馴染みであるヒロインのアルフィナに片想いをし、彼女にだけは信頼を寄せていた。
しかし、彼女がカイルの婚約者であると知り、自分が孤独な存在だと知ると、カイルとアルフィナに復讐しようと、外道になるのだ。
だけど僕はこうも思う、生まれがまともなら、レオンももっとマシな人生を歩めたのではないだろうか。
僕は、自分の人生と彼の境遇を重ねていた。
――カイル、どうして僕ばかりがこんな目に……僕もお前のようになりた……かった……
それがカイルルートの最期の言葉だった。
ユーザーからは「最後だけいいツラするな」「今更、何言ってんだ」と叩かれたが、僕は少しだけ同情し、同時に苦しくなってしまった。
生まれに恵まれなかった人間は幸せになる権利すら無いのだ。
レオンの死に様は、僕にその事実をまざまざと見せつけているかのようだった。
トワイライト・クロニクルズをプレイし終えて、僕は複雑な想いを抱く。
僕は人生の多くを無駄にしてきた。
だけど、せめて次の人生があれば、まともな人間になりたいと、そう思ったのだ。
そんなある日、僕は就寝中に首元に奇妙な感覚を覚えた。
苦しい……息が出来ない……
脳に行くはずの酸素がせき止められ、僕は全身の力が抜け、急速に意識を失い始める。
「……この役立たずのゴミが」
意識が途切れる最期の瞬間、僕の目に映っていたのは、鬼のような形相で、恨み言を吐く母の姿であった。
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