エピローグ
暑い夏が過ぎて、秋になった。
夏よりもずっと柔らかくなった日差し。庭園内を散歩するには丁度いい昼下がり。
王宮の広く美しい庭園の一角に、小さな円形の生け垣に囲まれたブランコがある。そこに若い男女の姿があった。
男性が女性を膝の上に座らせ、ゆっくり小さく、時には大きくブランコを揺らしている。揺れが大きい時は女性の楽しそうな笑い声が響く。
「そう言えば、レオナルド殿下。今日は何の日だがご存じ?」
小さくブランコを漕いでいた時、女性が男性に振り向いた。
「今日?」
「ええ、今日。お忘れ?」
レオナルドは首を傾げるが、エリーゼのちょっと悪戯っぽく意味ありげな笑顔にハッとした顔をした。
「も・・・もしかして・・・」
「そう! 去年、殿下に婚約破棄を突き付けられた日ですわ!!」
「う・・・」
エリーゼの楽しそうな顔とは裏腹に、レオナルドは何とも情けない顔で唸った。
「早いですわね! あれから一年経ちましたのよ」
「はあ~~・・・、俺の黒歴史・・・」
レオナルドはエリーゼを背中から抱きしめ、肩に顔を埋めた。エリーゼは楽しそうに笑う。
「わたくしには婚約破棄宣言より、その後の事件の方が衝撃的でしたけれど」
「俺も・・・」
「今思えば貴重な経験でしたわねぇ? 二歳児の姿なんて、そう簡単になれるものではございませんわよ? しっかりと人生の肥やしになさるとよろしいわ」
「ああ、そうするよ」
レオナルドは顔を上げ、エリーゼを抱きしめる腕の力を強めた。
「俺にとっては黒歴史だが、あの事件があったお陰で、お前との距離が縮まったんだからな。そう思うと感謝だ」
そう言って、エリーゼの頭上にキスを落とした。
「婚約破棄に関しては今でもバカなことを言ったと思うよ。でも、あの時は・・・、お互いの為でもあるとさえ思ったんだ・・・。お前は・・・俺を好きじゃなかったから・・・」
「ええ。好きじゃないどころか、嫌いでした」
「うぐ・・・っ」
「とても良い選択でしたわ。あの時のわたくしは、本当に婚約者を辞めたくて辞めたくて仕方がなかったの。体中に蕁麻疹が出来てしまうくらい」
「蕁麻疹・・・って・・・」
「でも、『婚約破棄』の一言で、一発で治りましたの!」
「・・・」
「殿下のお陰ですわね。ありがとうございます」
「そこは、よろこんでいいところなのか・・・?」
レオナルドは再び大きな溜息を付く。しかし、ふと気が付いたように、エリーゼの両肩を掴み、自分の方へ顔を向けさせた。
「も、もしかして・・・。婚約者に戻ったせいで、また蕁麻疹が出たとか・・・?」
青い顔でエリーゼを見つめる。エリーゼはプッと噴き出した。
「ご安心なさいませ。今のわたくしは去年のわたくしとは違いますから」
そう言うと、にっこりと優しく笑ってレオナルドの頬を撫でた。
「今、こうして幸せなのも、あの『婚約破棄』があったからですわ」
「エリーゼ・・・」
レオナルドは自分の頬に添えられたエリーゼの手の上に自分の手を重ねた。そして、ゆっくりとエリーゼの顔に自分の顔を近づける。
しかし、エリーゼは目を閉じてそれに応えることはなく、逆に目を大きく開き、パアッと顔を明るくさせた。
「ねえ! 殿下! 毎年この日を『婚約破棄記念日』にしてお祝いしましょうよ!」
「え゛・・・?」
「二人が近づくきっかけとなった大事な日ですもの! 祝うに値する日だわ!」
良い事を思い付いたとばかりに目をキラキラさせている婚約者に、レオナルドは頷く以外選択肢はない。
こうして二人の記念日が出来上がった。
そんな二人は、来年の春に婚姻式を迎える。
これから新しく生まれる「結婚記念日」も大切な日だが、エリーゼにとっては、この「婚約破棄記念日」の方が思い入れのある記念日になりそうだ。
完
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