95*
「な・・・っ」
エリーゼに今までの所業を許す気は無いと言われ、ライナスは絶句した。顔を上げて、エリーゼを見入った。真っ青な顔をしている。俺も青くなった。そう言えば、以前、妃になったら俺の側近を全員左遷してやるって言っていた・・・。
「わたくしは根に持つタイプですの。相手が悪かったですわね」
エリーゼはフンッと顔を背けた。
これは困った。ライナスは俺の右腕で使える男だ。それに俺の大切な友人でもある。
単純な所があるが、真っ直ぐな男で、根は良い奴だ。そこを分かってもらえるように俺からも働き掛けないと・・・。
そんなことを考えていると、再びエリーゼの声が聞こえた。俺はそっと二人の様子を覗く。
「ですから、わたくしに許して欲しければ、言葉ではなく態度でお示しくださいませ」
「態度・・・?」
「ええ。誠意をお見せなさいと申し上げているのです」
ライナスの呟きに、エリーゼは大きく頷く。
「これから先ずっと、レオナルド殿下に心からお仕え下さることです。臣下としてだけでなく、時には良き友人として、公私共に殿下をお支えくださることですわ。どんなことがあっても、殿下を裏切ることなくお傍にいて。信頼している人に裏切られることほど辛いことはありませんから」
「そんなこと・・・っ、当たり前ではないか!? 何を言って・・・」
「当たり前のことが、突然、そうではなくなることがあるのです!」
ライナスの言葉をエリーゼが遮った。
「当たり前でない世になっても、殿下のお傍を離れないことですわ。そんな誠意を見せて下さったら、わたくしは貴方を許しましょう。そうですわね、結果はわたくしの今際の時にでもお伝えしましょうか?」
エリーゼは挑発するように軽く首を傾げて見せた。ライナスはキッと彼女を睨んだ。
「貴女も・・・、貴女もその覚悟はお有りか? 当たり前の世でなくなっても、レオナルド殿下のお傍から離れないと・・・?」
「当然です。レオナルド殿下の妻になると決めた時から、わたくしの命はあの方の物です。この身も心も全て。頭の先からつま先まで、それこそ髪の毛一本さえも、全てあの方の物ですわ。一生お傍から離れません」
エリーゼは力強く答えた。まったく迷いのなど見せない。しっかりと真っ直ぐライナスを見つめている。
短い沈黙の後、ライナスはエリーゼの前におもむろに跪いて、首を垂れた。
「きっと、期待に応えてみせましょう、エリーゼ嬢。必ずや貴女の許しと信頼を得てみせます。今際なんかよりもずっと早くに!」
「せいぜいお励みなさいませ。わたくしの評価は厳しくてよ?」
「ああ。承知した」
ライナスは頷くと、立ち上がった。そして、軽く礼をすると、踵を返し、向こうに歩いて行った。
俺はと言うと、片手で口元を押さえ、その場にへたり込んでしまった。エリーゼの言った言葉が、あまりにも衝撃的だったのだ。体中が熱く、心臓がトクントクンと鳴ってうるさい。
『わたくしの命はあの方の物です。この身も心も全て。全てあの方の物です』
はっきりとそう言った。あのエリーゼが!
「良かったですね、殿下。殿下の一方通行ではなくて」
頭上から声がする。見上げるとアランがにっこりと微笑んでいた。
「アラン・・・、いつからそこに・・・?」
「あ! エリーゼ様が行ってしまいますよ?」
アランの言葉に俺は慌てて立ち上がった。急いでエリーゼを追いかける。
「エリーゼっ!!」
「あら、殿下。もう先に行っていると思っていまし・・・うぐ・・・っ」
俺は振り返ったエリーゼに向かって飛び掛かるように抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、どうなさったの!?」
エリーゼは困惑気味に俺の背中をトントンと叩いた。
「エリーゼ! エリーゼ! エリーゼ!」
俺は構わずギュッと彼女を抱きしめた。
「愛してる! 愛してる! エリーゼ!」
「な・・・っ!」
「愛しているよ、心から!」
―――愛している。
この言葉をストレートにはっきりと口にして伝えたのは初めてだ。
言いたくても気恥ずかしくて、つい口元で止まってしまったこの言葉。違う言葉で遠回しに伝えていた想い。今は、信じられないほど自然に口からほとばしる。
「わ、分かりましたから、殿下! ちょっと、離して! ここ、廊下ですわよっ!」
「嫌だ! 離さない! 愛してる!」
「ちょ! 何言って・・・、んんっ・・・」
俺はエリーゼの顎を掴むと、彼女の唇に力強く口づけた。
驚いたエリーゼは、バシバシと俺の身体を叩いたが、俺は彼女を離さなかった。
終いには彼女も俺を受け入れてくれた。俺の背中に手を回し、ギュッと抱きしめてくれた。
何度も交わすキスに、幸せ過ぎて身も心も溶けそうになる。
俺の方こそ、身も心も全てお前の物だ。
俺たちが抱き合ってキスをしている間、不思議と誰も人が通らなかった。
後で知ったが、アランがこの廊下を通行止めにしてくれていたらしい。本当に良く出来た部下だ。
エピローグへ続きます。
あともう一話お付き合いください。




