94*
翌日、エリーゼとの婚約が正式に認められ、再び全国に周知された。
この一ヶ月、第二王子の派閥を一掃すると同時に、第三王子の俺を擁立しようと画策していた一派も炙り出され、決定的な証拠の無いクロウ家だったが、それでも降格処分となった。せめて、娘のレベッカを俺の側妃へ仕立てることで復帰を図ろうとしたが、俺はその繋がりをバッサリと斬った。
エリーゼのお妃教育も再び始まった。
当初の予定なら、今頃エリーゼは王宮に住まいを移しているはずだったのだが、あのように危険な事件に遭わせてしまったせいで、ミレー侯爵夫妻は婚姻するギリギリまで愛娘を手元に置くことを望んだ。その為、彼女は通いでお妃教育を受けている。
そのお妃教育と言うのが曲者で、想像以上に彼女との時間を取られてしまう。それに、俺は俺で、ロベルト兄が失脚したせいで、その分の公務はすべて俺に回ってくることになり、急に忙しくなってしまい、ここ最近、ゆっくりと二人の時間を取ることができずにいる。
せめて城で暮らしてくれれば、就寝時間まで共に過ごす事が出来るのに、通いのせいで、三時のティータイムしか一緒に過ごせない。
再び婚約することができて浮かれ切っている俺には、こんな少ない時間では全然満足できないのだ。
「エリーゼが足りない・・・」
俺は執務室の書類が山積みの机の上に顎を乗せた。
「そろそろ補給しないと無理だ・・・、仕事にならん・・・」
「後、十五分で三時ですよ。もう一息です。頑張ってください、殿下」
アランが励ましの言葉を投げるが、全然心が籠っていない。俺の方など見もせず、テキパキと書類を整理している。
最近はそんな毎日の繰り返しだ。
「エリーゼは・・・、俺のこと、全然足りているみたいだけどな・・・。ティータイムしか会わなくても・・・」
つい、アランに愚痴ってしまう。
仕方がない。愛情の重さが全然違うのは承知だ。いくらアイツが俺を好きになってくれたからと言って、俺がアイツを想うほどではないのだ。それもこれも、俺自身の不甲斐なさが招いたこと。ただでさえ、人より恋愛感情が鈍い女なのだ。そんなエリーゼに、俺と同じだけの想いを期待するのは難しいと分かっている。
「短い時間とは言え、毎日会っているのだから、エリーゼ様にとっては十分なのでしょうねぇ。あ、失礼。失言でした」
アランはシレッと痛いところを突いてくる。俺は彼を軽く睨むと、ハア~~と溜息を付いた。
それにしても、もう少し俺を恋しがってくれてもいいのに・・・。
☆彡
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
「三時だ! 行ってくる!」
待ちに待った三時を告げる時計の音。鳴ると同時に俺は部屋を飛び出した。
背後でアランの呆れたような溜息が聞こえたのは気のせいではないだろう。
足取り軽く、待ち合わせのティールームに向かって歩いていると、タイミングよく、エリーゼの姿が見えた。
「エリー・・・」
「エリーゼ嬢!!」
俺が彼女を呼ぼうとした時、別の男の声が彼女を呼び止めた。エリーゼは立ち止まり、その声の方に振り向いた。一人の男がツカツカと早歩きで彼女の傍に近づいていく。
「あら? ライナス様。ごきげんよう」
呼び止めたのはライナスだった。
ライナスはエリーゼの目の前で立ち止まると、彼女を見下ろした。彼は大柄なのでそのように近くに立たれると非常に圧がある。普通の令嬢だったらきっと怖気づくだろう。しかし、エリーゼは全く気後れせずに、堂々と向かい合った。
俺は何となく気を使ってしまい、壁に身を隠した。
「その・・・、この度は再度婚約おめでとう」
「ありがとうございます。まさか、貴方様からお祝いの言葉を頂けるとは思いませんでしたわ」
エリーゼは冷ややかに返事をする。ライナスはエリーゼの冷たい態度に少し臆したように目を伏せた。
「俺は貴女を誤解していた・・・。貴女にあのような勇気があるとは・・・。殿下を命がけで守ろうとされた勇敢な行動に敬意を表したい。尊敬に値する」
ライナスは彼女に向かって頭を下げた。
「学院時代、貴女には失礼な態度を取っていたことをお詫び申し上げる。これからは殿下の婚約者として俺もエリーゼ嬢をお守りする。これからもどうかよろしく頼む」
彼にしてみれば十分誠意を見せたつもりだったのだろう。しかし、エリーゼから返ってきた答えは意外なものだった。
「まあ、ずいぶん軽い謝罪ですこと。そんな軽い言葉一つで、貴方様から受けた屈辱を水で流せるとお思いになって? 安易過ぎますわね。残念ですが、許す気などございません」




