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とうとうレオナルドが私を好きだと認めた。
私自身、確信していたものの、改めて認められると、やはり驚きを隠せない。つい最近までは、本当に嫌われていると信じて疑っていなかったのだから当然だ。
「もしかして、殿下。本当は子供の時からわたくしのことを好きだったのでしょう?」
「う・・・」
「初めて会った九歳の時から好きだったのでは?」
「・・・」
レオナルドは私を背後から抱きしめたまま、顔を上げない。
無言は肯定か。
「好きな子には意地悪をしてしまうっていう、アレだったのですね・・・。学院に入ってからさらに冷たくなったのは、わたくしの気を引きたかったのね。今思うと、確かにわざとらしかったと言うか・・・。やたらと目に付いていた気がするわ」
「う・・・」
「ま、最後には、靡かないわたくしに本気で愛想が付きかけたというのが、本当のところかしら?」
「そ、それは・・・」
レオナルドは焦ったように顔を上げた。私はツンと顔を背けて見せた。
「靡かなくて当然です。わたくしはすーっかり騙されましたわ。本気で殿下に心底嫌われていると信じていたのですから」
「す、すまなかった・・・」
「だから・・・」
私は懇願するような表情のレオナルドの手を取ると、袖に付いているカフスを見た。私が贈ったサファイアとシルバーのカフスが光っている。
「このカフスも、単純に気に入ったから付けているだけだと思っていました。てっきり、贈り主が誰かも忘れて使っていらしてるのだって」
「そんなわけないだろう!」
「ふふふ。そのようですわね。わたくしからのプレゼントだから付けていらしたのね。そのご様子だど、毎日付けていたようですわね」
「!」
図星のようだ。赤くなっているレオナルドの顔が更にバッと赤くなった。
「お気に召して頂いて何よりです。殿下の好みのデザインに仕上がったことは自負しておりましたけれどね。だって、お妃教育の一環とやらで、わたくしの意思に関わらず、殿下の好き嫌いは叩きこまれておりますもの。でも、わたくしが贈ったものなんて、きっとタンスの肥やしになるのが関の山。下手したら捨てられるでしょうから、贈るだけ無駄だって思っておりましたのよ」
私は少し意地悪く笑って見せた。
「でも、毎日付けて下さっていたのね。お陰で、倒れていた時、二歳児のお姿でも殿下だって確信できたのですわ」
「俺が・・・青色が好きだって知っていたんだな・・・」
レオナルドは私の手を取ると、自分の両手で包み込んだ。
「ええ。ゴールドよりもシルバーの方がお好きなこともね。ご自身は金髪なのに。青に至っていは、それこそ、いろいろな物を青で揃えていらっしゃるから、教え込まれなくても分かりますわよ?」
「青は・・・、お前の瞳の色が青だから、好きになったんだ・・・」
「!!」
不意打ちを食らい、私は固まってしまった。体中の体温が一気に上昇するのが分かる。
「お前はどうだったんだ・・・?」
レオナルドは赤い顔で伺うように私の顔を覗き込んだ。
「へ?」
「だから、その・・・、俺は子供の頃からお前を、その・・・想っていたが、お前はどうだったんだ?」
ギクッ――。
「俺のことを少しは想ってくれていたのか・・・? 異性として見てくれていたか?」
「・・・」
「やっぱり・・・何とも思っていなかったんだな・・・」
「・・・」
私は気まずくなり、目を逸らした。
レオナルドはガックリと肩を落とすと、そのまま私の肩にトンッと額を置いた。
「で、でも、ご安心なさいませ! 殿下のこともそうでしたが、他の殿方にも恋をしたことはございませんわよ! 今まで、誰も好きになったことはございません!」
「はぁぁ~~・・・。そこは喜んでいいところなのか・・・?」
慌ててフォローをしたつもりだったが、レオナルドに盛大な溜息を付かれた。
「申し訳ございません・・・。どうも、わたくしはそういった感情が人より乏しいようですわ・・・」
私が肩を竦めると、レオナルドは顔を上げた。私はレオナルドに振り向いた。
「でも今は・・・、人を好きになる気持ちが・・・、恋する気持ちが分かったように思います・・・」
「え・・・?」
レオナルドは目を丸くして、私に見入った。私は恥ずかしくなって、プイッと前を向いてしまった。
「エリーゼ・・・」
私の手を取っているレオナルドの手に力が籠る。
「エリーゼ、キスしていいか?」
「は? え?」
ビックリして思わず振り返ると、額にレオナルドの唇が触れた。
「ちょ! ちょっと、何を! ま、待って! 殿下!」
慌てて首を竦めるが、今度はこめかみに唇が触れる。恥ずかしくなって身を引こうとしても、両手と腰をしっかりと掴まれて動けない。
「ちょ、ま、待ってって!」
私の抵抗も空しく、レオナルドの唇が、こめかみから瞼へ、そして頬へ、何度も優しく触れる。触れる度、少しずつ私の唇に近づいてくる。
そして、とうとう唇に触れた。
触れた途端、思わず目を見開いてしまったが、
「エリーゼ・・・」
レオナルドの囁くように呼ぶ声に、私はそっと目を閉じた。そして、今度は素直に彼の唇が振ってくるのを待った。




