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「さ、ほら、あーん」
レオナルドは私を横抱きにしたまま椅子に座り直すと、何事もなかったかのように再びケーキを私の口に運ぶ。
「殿下・・・、いい加減になさってくださいまし・・・」
私はキッと彼を睨みつけた。
「これ以上悪ふざけが過ぎると、貴方様がご期待するお返事は差し上げられないかもしれません・・・」
そう言った途端、レオナルドはピタッと手を止めた。
「わ、分かった」
そう言って、慌ててフォークをテーブルに置いた。
「では、わたくしを降ろしてくださいませ」
「それは嫌だ」
レオナルドはプイッと顔を背ける。
「もう!! 皆が見ているじゃないですか! 恥ずかしいって言っているの!!」
私はレオナルドの胸を両手でグーッと押した。しかし、その両手はレオナルドの片手にあっさり取られてしまう。
「じゃあ、皆が見ていなければいいんだな?」
「そんなこと言ってません!」
「丁度いい、お前に見せたいものがあるんだ」
レオナルドはそう言うと、やっと私を膝の上から降ろした。そして、立ち上がると、私の手を取り、歩き出した。
「ちょっと・・・、殿下?」
「見せたいものは外にある」
私はレオナルドに引きずられるように、温室から連れ出されてしまった。
温室を出ると、レオナルドは使用人を呼び、自分と私のコートを持ってこさせた。それを羽織って外に出る。
連れて行かれたのは、王宮の裏の庭園。完全プライベートの庭園で、王族と親族しか入ることは出来ない。私やレイチェルお姉様は婚約者枠で子供の頃から入ることを許されていたが、基本的に外部の人間は立ち入ることを禁じられているエリアだ。
手を引かれながら奥まで歩いて行く。
「どこまで行くのです?」
私はわざと不貞腐れたように言った。別に怒っていなどいない。それどころか、手を繋いで歩いていることに、気恥ずかしさとちょっとした幸福感を覚えてしまい、浮ついた気持ちを押さえようと必死だったのだ。
「もう少しだ」
レオナルドは前を見ながらズンズンと歩く。その顔はどこか楽しそうだ。
すぐに、真新しい生け垣に囲まれたスペースが見えてきた。
「あそこだ!」
レオナルドは興奮気味に声を上げると、歩みが早くなった。私は小走りで付いて行き、その生け垣の中に入った。
「え?」
私は目を見開いた。
「お前専用のブランコだ!」
レオナルドは得意気に私に振り向いた。
そう。生け垣の中央には、とても可愛らしいブランコが設置されていたのだ。
☆彡
「わたくし・・・専用・・・」
私は呆然とブランコを見ながら呟いた。
「そうだ。早速、乗ってみろ!」
レオナルドは私の手を引き、ブランコに近づいた。
そして、私をブランコに座らせようとしたが、何を思ったのか、それを止めて、自分がブランコに座った。
「ちょっと! 乗せてくれるのではなかったの?!」
私が睨むと、ニッと笑い、
「ああ、乗せるさ」
そう言って、私の両腕を取って引き寄せた。私は抵抗する暇もなく、またもや、レオナルドの膝の上に座ることになった。
「さ、漕ぐぞ、掴まれ」
「きゃっ!」
突然動き出したブランコにビックリして、私はレオナルドの首にしがみ付いた。しかし、すぐに、この揺れが面白さに変わる。自分で漕ぐよりも、他人に漕いでもらう方が、少しスリルがあって楽しい。
「ふふふ!」
思わず笑みが零れた。
「気に入ったか? これで、城に住むようになっても、いつでもブランコに乗れるぞ!」
レオナルドは得意気に話す。私はツンと顔を背けた。
「あら? わたくしはまだお返事差し上げていませんけど?」
「う・・・」
レオナルドは途端に言葉を詰まらせ、眉尻を下げた。そして、ゆっくりブランコを止めると、背中から私をギュッと抱きしめた。
「・・・どうしたら戻って来てくれる?」
私の肩に顔を埋め、弱々しい声で呟く。
「お前以外考えられないんだ・・・。まだ足りないというのなら、もう一度、いや、何度だって頭を下げる。お前にも、宰相にも・・・」
「王子たるお方が、そう何度も跪いて頭を下げるもではございません。威厳を損ないますわよ?」
「・・・そうだが、お前を失うくらいなら・・・」
レオナルドが顔を上げて切なそうに私を見つめる。私は呆れたように彼を見た。
「まったく・・・。殿下って、わたくしの事が本当に大好きでしかたがないのですね・・・」
「ぐ・・・っ」
私の言葉にレオナルドは喉を詰まらせた。顔が見る見る赤くなる。
「途中から、薄々感づいてはおりましたが、ここまで、わたくしのことが好きだとは・・・」
「・・・っ!」
「アラン様だけでなく、弟のマイケルにまでヤキモチを焼くくらいですもの。重症だわ・・・」
「な・・・っ! 調子に乗るな!」
「あら? 違うとでもおっしゃるの? わたくしの勘違い?」
「う・・・、違くは・・・ない・・・」
レオナルドは赤い顔を隠すように伏せると、ハァ~と何かを諦めたかのように長い溜息を付いた。そして、再び私を背中から抱きしめた。
「・・・そうだよ・・・、重症だ・・・」
私の肩に顔を埋めた彼から、そう小さく呟く声が聞こえた。




