90
「ちょっと・・・、殿下・・・」
私が連れて来られたのは、明らかに特別仕様の二人掛けの丸テーブル。他のテーブルとは別格とばかり花が美しくデコレーションされている。対となる向かい側には、このテーブルよりもさらに立派な飾りつけのテーブルがある。恐らく、あそこはフェルナン王太子とレイチェルお姉様の席だろう。
それ以外は基本自由席。バランスよく丸テーブルが配置されている。
「なんだ?」
レオナルドはシレッと答える。
「なんだじゃなくて・・・。膝の上から降ろして下さらない?」
私が困惑しているのは、何も特別仕様のテーブルに通されたからではない。レオナルドに横抱きにされ、膝の上に座らされているからだ。
「嫌だ」
「椅子があるでしょう! なんで殿下の膝の上に座らなければならないの?!」
「だって、離したらお前は逃げるかもしれないからな。それに」
レオナルドは意味ありげにニッと笑ったかと思うと、テーブルに並んでいるたくさんのスイーツの中から一つの皿を取った。
「やられたことをやり返すって言っただろ?」
そう言って、選んだチョコレートケーキをフォークですくうと、それを私の口に近づけた。
「ほら、『あーん』しろ」
「はあ!?」
「ほら、早くしないとクリームが顔に付くぞ」
「ちょっと! 皆が見てますわよっ!」
「気にするな。ほら、あーん」
「くっ・・・」
何たる屈辱! しかし、迫って来るケーキをこれ以上拒否していたら確実に顔が汚れる! 私はキュッと目を閉じて、口を開けた。口の中に甘いチョコレートの味が広がる。
「美味し・・・」
「だろう? 我が王室のシェフは王都の高級有名店と引けを取らないからな!」
レオナルドはさっきの少し意地悪な笑みと違い、嬉しそうに笑った。その笑顔に私の心臓はキュンと音を立てる。
「ほら、もう一口」
「もう結構! 後は自分で食べます。離してちょうだい!」
「ダメだ。ほら、あーん」
「う・・・。むぐ・・・。美味し・・・」
「こっちの杏子のタルトも美味いぞ。ほら」
「だから! もう結構って・・・もぐ・・・、あ、本当!」
「な?」
そんな私のやり取りを、後を追ってきたレベッカ一行は目が点になって見つめていた。
しかし、途中から我に返ったのか、見るに堪えなくなったのか、レベッカがツカツカッと私たちのテーブルに近づいてきた。
「レオナルド殿下! これは一体・・・」
「やあ、皆さん、今日は来てくれてどうもありがとう!」
レベッカの声は一人の男性によって遮られた。
会場にいた皆が一斉にその声の主の方へ振り向くと、姿勢を正し、頭を下げた。
一人の男性が軽く片手を挙げ、神々しいまでのオーラを放ちながら、こちらに向かって歩いてくる。その美しく端正な顔は優しく微笑み、その弧を描いた口元からは白い歯をキラリと光らせている。
隣にはその男性に引けを取らないほどの美しい女性が、彼の腕を取り、優雅に歩いている。
フェルナン王太子と婚約者のレイチェル嬢のお出ましだ。
☆彡
「ああ、諸君。そんなに畏まらないでくれたまえ! 今日は気楽なお茶会のつもりなんだから」
周りににこやかな笑顔を振り撒きながら、フェルナン王太子はゆっくりと私たちのテーブルにやって来た。
レオナルドは挨拶するべく席を立った。驚くことに私を横抱きにしたまま。
〔ちょっと! 殿下! 降ろして!!〕
私は目を剥いて、レオナルドの胸を叩いた。
しかし、レオナルドは私を完全無視。傍に来た兄に頭を下げた。
「兄上、このままご挨拶する無礼をお許しください。こいつ、離すとどこかに行ってしまうので」
「あはは! 仲睦まじくて何よりだ! エリーゼ嬢、ご機嫌いかがかな?」
王太子はニコニコと笑いながら、真っ赤になっている私の顔を覗き込んだ。私は何と答えてよいか分からず、助けを求めるようにレイチェルお姉様を見た。お姉様は顔を背け、肩がピクピク震えている。必死で笑いを堪えているようだ。
ちょっと! 笑ってないで助けてよ!
私の念が通じたのか、レイチェルお姉様は隠れるように笑い過ぎて溢れた涙を拭くと、そっとフェルナン王太子の袖を引っ張った。
王太子はそれに気が付くと、
「二人の邪魔をしてはいけないね」
そう言って私たちに片目を閉じると、クルリと振り向き、大げさに両手を広げた。
「さあ、諸君! 秋もそろそろ終わる。冬が近づき外はもう寒いが、ここはこの通り温かい! 厳しい冬が来る前に、この一時を楽しんでくれたまえ!」
王太子にそう言われ、野次馬たちは退散するしかなかった。
皆、それぞれ思い思いの席に向かう。
一人だけその場を動かない令嬢がいた。レベッカだ。
「レオナルド殿下・・・」
レベッカは青い顔をしたまま、私たちの方へ近づこうとした時、
「クロウ家のお嬢様、レベッカ様とおっしゃったかしら? とても素敵なドレスですわね?」
レイチェルお姉様がレベッカに背後から声を掛けた。レベッカは慌てて振り返り、レイチェルお姉様にお辞儀をした。
「恐れ入ります・・・」
「どちらのデザイナー? 折角ですから、あちらの席でご一緒しませんこと?」
「え・・・、えっと・・・」
「お嫌?」
「と、とんでもございませんっ!」
未来の王太子妃にお茶に誘ってもらえるなんて光栄だ。通常の貴族令嬢に断るという選択肢は無い。レベッカは他の令嬢の羨望の眼差しの中、レイチェルお姉様にスゴスゴと連行されていった。




