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「いかがですか? お嬢様?」
パトリシアが鏡越しにドヤ顔で私を見る。
私はパトリシアの仕上げた髪型をドレッサーの鏡と手鏡の両方を使って、じっくりと確かめた。
編み込んでアップにした髪型に真珠の髪飾りとシルクのリボンがバランスよく飾られて、大人っぽい仕上がりだ。
私は全身を確認するために姿見の前に立った。
「シャンパンゴールドのドレスに、真珠とエメラルドのネックレスがとても映えますね! お嬢様にピッタリ! 流石、レオナルド殿下!」
「本当なら真紅のドレスにしようと思っていたのに・・・」
「またまた何をおっしゃっているんですかぁ! こんなに素敵なドレスを贈ってくださったのに!」
「でも、シャンパンゴールドとエメラルドって・・・」
あまりに露骨じゃないか?
私は鏡に向かってはぁ~と溜息を付いた。
「金色と緑! よーーーくお似合いです! とっても美しいです!」
パトリシアは大きく頷く。
「いい加減、覚悟をお決めください! お嬢様!」
「はぁ~~・・・、行ってくるわ」
今日はフェルナン王太子主催のガーデンパーティーがあるのだ。
と言っても、今はもう秋の終わりで冬も間近。本当の庭園ではなく、温室内でのティーパーティだ。
王室の温室は珍しい草花がたくさんあるので、個人的には好きな場所なのだが、パーティーとなると気が重い。
なんせ、世間的には私はまだ第三王子から婚約破棄を突き付けられた令嬢のままなので、周りから好奇の目で見られること間違いなしなのだ。見られること自体はどうってことないが、冷やかしで寄って来る輩をかわすのが煩わしい。
それ以外にも、レオナルドへの破棄撤回の返事・・・。
一ヶ月以上レオナルドとは会うことなく、手紙でも回答を避け続けていたが、今日はとうとう本人と対峙することになる。絶対に返事を迫られる。いつまでもダラダラと逃げてはいられないだろう。
私自身一体どうしたいのか?
分かっているようで分かっていない。
いいや、違う。レオナルドから贈られたドレスを身に纏っている時点で答えは出ているはずなのに、認めたくないと意固地になっている自分がいるのだ。
王宮に着くまでに・・・、レオナルドに会うまでに、この無駄に意地になっている私の気持ちが解けて消えてしまえばいいのだけれど・・・。
「はあ~・・・」
私は王宮に向かう馬車の中、窓から外の景色を眺めながら、長い溜息を付いた。
☆彡
温室に入ると、そこはとても暖かく、ティーパーティー仕様に華やかに飾り立てられていた。室内に植わっている木々や草花が会場をさらに賑やかに演出している。まるで南国のようだ。
王太子殿下とレイチェルお姉様が入室してきたら挨拶をしなければならない。それまではできるだけ目立たないように、私は会場の隅に身を寄せた。
手持無沙汰なので、足元の花に目をやる。珍しい花が咲いており、花の名前が書かれたプレートが置かれていた。気になったので少し身を屈めて読んでいると、早速、周りから私を揶揄する声が聞こえた
「あ、あの方、エリーゼ様ではなくって?」
「本当だわ・・・」
「なぜ、ここにいらっしゃるのかしら? だって、もう殿下の婚約者ではないのに」
「でも、このお茶会は若者の集いだから、殿下の婚約者でなくても関係ないのではなくて?」
「むしろ、婚約者ではなくなったからいらしたのでは? 新しいお相手を探さないといけないもの」
「それだったら、せめて他のお茶会にすべきじゃない? 王室主催のお茶会に参加って・・・。勇気あるわ」
丸聞こえなのだが、声の大きさが微妙で、彼女たちが、わざと聞こえるように話しているのか、本気でコソコソ話しているのかの判断が難しい。ここは聞こえないふりをした方がいいのか、睨みつけてやった方がいいのか迷うところだ。
とりあえず、無視して花を見ている振りをしていると、背後から一際大きな声で名前を呼ばれた。
「あら!? エリーゼ様ではなくって?」
はぁ~・・・。
私は心の中で溜息を付いた。一体何回目の溜息か。
「そうでしょう? エリーゼ様でしょう? まさか、王宮でお会いできるなんて思ってもおりませんでしたわ!」
その甲高い声のせいで、背中越しでも一斉に注目を浴びていることが分かる。私はゆっくり身を起こすと、声の主に振り返った。
「ごきげんよう、レベッカ様」
私は渾身の笑みを彼女に向けた。




