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カキーンッと大きな金属音が響いた。アランが自分の剣でロベルトの剣を受け止めた。お互い睨み合った後、押し返すように二人とも背後に一歩飛び退いた。
「母を王宮に連れ戻すには、僕が後継者になるしかないだろう? 母をあの椅子に座らせる。皇后の椅子に! 父上の隣に! 母に父上を取り戻させるんだ!」
再び叫び、アランに飛び掛かった。何度も何度も金属音が鳴り響く。その様子を、レオナルドは短剣を構え、私を背中に庇いながら凝視している。
「皇后の椅子は母上に相応しいんだ!!」
その雄叫びと同時に、ひときわ大きな金属音が響いた。同時に一本の剣が床に転がった。アランの剣だった。レオナルドの背中越しに、アランが片膝を付いて手首を押さえている姿が目に入った。次に目に入ったのが、こちらを振り向いたロベルトの姿だ。彼はゆっくり剣を振り上げた。
レオナルドを守らなければ!
私はレオナルドを突き飛ばし、前に飛び出そうとした。しかし、私が行動するよりも早く、レオナルドは私の腰を抱き、ギュッと自分の方に引き寄せたのだ。
嘘!? これでは身動きが取れない!
「お前は邪魔なんだ!!」
罵声と共にロベルトが襲ってきた。レオナルドは振り下ろされる剣を華麗に避けると、ロベルトの脇腹に蹴りを入れた。同時に私をアランの方へ放った。アランは急いで立ち上がると私をしっかりと受け止めた。
ロベルトが脇腹を押さえて、よろけている間に、レオナルドは床に転がったアランの剣を拾うと、兄に襲い掛かった。
キーンッという激しい音と共に、一本の剣が宙を舞う。床に落ちた剣はロベルトの剣だった。
レオナルドは床に尻もちを付いているロベルトの喉ぼとけに剣を近づけた。
「終わりだ、兄上。直に近衛隊もやって来る。もう逃げられませんよ」
「僕は・・・母上に・・・、母上に・・・! お前さえいなければ・・・っ! あの皇后さえいなければ・・・」
ロベルトはギリギリッと歯を喰いしばり、レオナルドを睨みつけている。
「兄上の母君は俺の母上に陥れられたわけじゃない。それこそ逆じゃないか! 彼女の方が俺の母上を陥れ、失脚させようとしたことが露見して追放されたんだ! 逆恨みもいい加減にしてくれ!!」
「嘘だ! そんなはずない! 虚言だ! 濡れ衣だ!!」
「そうだとしても、今回の罪は免れませんよ。お覚悟を。母子共々ね。連れて行け」
アランともう一人の騎士がロベルトを後ろ手に縛り上げた。引きずるように廊下に連れ出す。捕獲されたクリスタ嬢と御者と一緒に外に連れて行かれた。
私は気が付くと床にペタンと座り込んでいた。立とうとしたが力が入らない。腰が抜けてしまったようだ。
「大丈夫か? エリーゼ」
そこにレオナルドが近づいてきた。膝を付き、私の肩に手を置いた。
「立てるか? エリーゼ・・・って、イタタタ! 何をするっ!」
私はレオナルドの両頬を思いっきりつねり上げた。
「何を!? 一体、何をなさっているのです?! 殿下! なぜ、貴方がいらしたの?!」
「痛いって! 放せ!」
「王子自ら乗り込むなんて、何て無謀な!! 何かあったらどうするおつもり!? ご自分の立場を理解していらっしゃる? 貴方様は王子なのですよ!?」
「分かった! 分かっているから放せって!」
「いいえ! 全然分かってない! 分かってらっしゃらないわ!! どうして? どうしてこうなの?! どうして、いつもわたくしの忠告を聞いて下さらないの!?」
助けに来てくれたことは素直に嬉しい。本当に嬉しかった。しかし、彼は一国の王子なのだ。安易に危険なことに身を晒すことはあってはならない。たかが一貴族の娘の為に命の危険を冒すことはあってはならないのだ。
私は感極まって涙が溢れてきた。同時に彼の頬を摘まむ力が落ちた。すかさず、レオナルドは私の手を頬から離すと、その手を力強く握りしめた。その手は大きくてとても暖かい。体温が伝わり、彼が生きているという実感が沸いてくる。心から安堵すると同時に、彼の無謀さに腹が立って仕方がない。
「貴方様は王子なのです! 国王陛下、そしてフェルナン王太子殿下をお支えする大事な御身なのですよ! それに、もしも・・・、もしも、王太子殿下に何かあったら、貴方様がこの国を背負っていかねばならないお立場なの! 貴方が守るのは国、そして民。貴方が命を懸けるのも国であり、民なのです。わたくしではないのよ!」
「分かってる。分かってるよ。でも・・・」
レオナルドは私の頬を指でそっと撫でた。流れた涙を拭いたようだ。
「自分の大切な人一人守れない男が、国を守れるだろうか?」
「え・・・? 大切な人・・・?」
「そ、それにっ!」
思わず聞き返すと、レオナルドは慌てたようにそっぽを向いた。
「俺がお前の忠告を聞かないことは、今に始まったことじゃないだろう?」
「だから! そういうところが腹が立つのです!」
私はもう一度彼の頬をつねろうと手を伸ばそうとしたが、生憎、両手はしっかりレオナルドに握られて動かない。振り解こうと藻搔いていると、
「分かったから! 次からはお前の忠告を全部聞くから! 今は! 今だけは・・・、無事を確かめさせてくれ・・・!」
レオナルドはそう叫ぶと、私を力いっぱい抱きしめた。
「エリーゼ・・・。無事でよかった・・・。本当に無事でよかった・・・」
耳元で聞こえる彼の声。少し震えている。私は再びジワリと涙が浮かんできた。
「・・・無茶をしました・・・。ご心配をお掛けして申し訳ございません・・・」
私はそっと彼の背に手を回した。




