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ライナスもアランも俺の気迫に一瞬押黙った。しかし、ライナスはアランに振り向くと、
「殿下を頼むぞ。しっかりと護衛しろ」
そう言って、彼の肩をポンッと叩いた。そして、俺に向き直り、頷いて見せた。
「殿下なら、俺の早馬を乗りこなせます。急いでください。俺もすぐに隊を組んで向かいます。ザガリー殿も病院へ連れて行くように手配します」
「頼んだぞ! 行くぞ、アラン!」
「はっ!」
アランも、もはや反対することなく、素直に俺に従った。
俺たちは用意された馬に飛び乗ると、北の森に向かって我武者羅に走った。
☆彡
ひたすらに、ただ、ひたすらに馬を走らせる。
流石、名馬だ。早い。ライナスが自慢するのも頷ける。アランも必死に俺に付いて来る。
走っているうちに、日が傾いてきた。森に入ると日が遮られ、益々暗くなる。それでも、休まず走り続ける。すると、前方に小さい二つの光が見えてきた。松明の明かりだ。先に向かわせていた兵士の馬に追い付いたようだ。
二体と合流して、そのまま走り続ける。
四人、無言でひたすら走り続けると、一軒の大きな家が見えてきた。既に廃業している宿屋だ。遠くからでも、幾つかの部屋から明かりが漏れているのが見える。あのどこかの部屋にエリーゼがいるはずだ。
俺は気が急いて、松明を持って走る兵士の馬を追い越し、一直線に宿屋に向かった。アランの止める声が聞こえたが、俺は無視して、馬を走らせた。
どんどん宿屋に近づく。
周りに敵が潜んでいるかもしれない。静かに近づかなければいけないはずなのだが、そんなに構っていられなかった。
もう少しで辿り着くという時、二階のある部屋の窓が派手に割られた。そこから、悲鳴と罵声が聞こえる。俺の心臓は不安で張り裂けそうになった。
「はっ!」
俺は渾身の力を込めて、馬の腹を蹴る。
宿屋の二階の別の部屋の窓が開いた。そこから一人の人物が顔を出した。
「エリーゼー!」
俺は叫んだが、彼女にはその声が聞こえていないようだ。乗り出すように外を眺めている。階下を覗いたり、外側の壁を確かめたりしている。まさか、そこから飛び降りる気か? 待ってくれ!!
そう案じたが、エリーゼは身体を部屋に引っ込めた。飛び降りるのを諦めたのだと思い、一瞬ホッと胸を撫で下ろす。しかし、油断はできない。俺は馬に乗ったまま階下に付けた。
二階の窓から男と女の言い合いが聞こえる。女の声はエリーゼ。男の声は・・・。
信じたくはなかったが、ロベルトの声だった。
俺は馬の背に立ち上がると、壁をよくよく観察した。足場になりそうな場所を見つけると、壁に飛び付き、二階に向かってよじ登り始めた。
「断固お断り申し上げます。人質となり、我が王家、我が家に迷惑を掛けるくらいなら、この場で命を捨てます」
壁を登っている時、そんな言葉が聞こえた。窓辺にエリーゼの手が掛かっている。
まずい! アイツは本気だ! 急げ!!
「ただ、お覚悟あそばせ。父は、それはそれはわたくしを溺愛しておりますの。わたくしが死んだとあれば、怒り狂うでしょう。きっと、ありとあらゆる手段を使って貴方様を、そして、貴方様の母君様のご実家を潰しに掛かるでしょうね」
窮地に陥っている状況だというのに、彼女は冷ややかにロベルトを挑発する。どこまで肝が据わっているんだ、この女は。
「はっ! 誰がそんな脅しに臆するか!」
ロベルトが苛立ったように叫ぶ。
くそっ! 間に合ってくれ!!
俺は窓に手を掛け、勢いよく乗り上げた。
「脅し? まさか。忠告です」
同時にエリーゼが窓に振り向いた。
「早まるなっ! バカ!!」
俺は飛び出そうとする彼女を力強く抱きしめた。




