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「話はここまでだ。一緒に来てもらおう、エリーゼ嬢」
ロベルトがそう言うと、軽く片手を挙げた。すると一人の男が部屋に入ってきた。先ほどの御者の男だ。
「この男も連れて行け。急げ」
ロベルトはクリスを顎で指すと、私に近づいてきた。私の腕を掴もうと手を伸ばす。
「ま、待って! ロベルト殿下! やっぱり、レオナルド殿下をお渡ししますわ!」
私は咄嗟に叫んだ。ロベルトは伸ばした手を止めた。
「わたくし、さっきから抱いているので疲れてしまって。もう腕がパンパン! 貴方様に託しますわ!」
そう言った次の瞬間、私はバケツからケープと剥ぎ取ると、思いっきり窓に叩きつけた。
ガシャーンッと大きな音共に、窓ガラスが外に砕け飛ぶ。自分にも欠片が飛んできた。
「なっ!!」
驚き、目を丸めているロベルト。
「どうぞ! 差し上げます!!」
私は固まっているロベルトに向かって、飛び跳ねるようにバケツを頭から被せた。
「うわっ!」
突然、私が全体重をかけてバケツを被せたせいで、流石にその勢いに負け、ロベルトは後ろに倒れ込んだ。
「女ぁ! 何をする!!」
御者が叫んで飛び掛かってきた。私は青い顔をして呆然と立っているクリスタの腕を掴むと、彼女を盾にした。御者は勢いが止まらず、思いっきりクリスタを張り倒した。
「え!? お、お嬢様!!」
御者は大慌てでクリスタを助け起こす。私はその隙に廊下へ飛び出した。
☆彡
私は1階の入り口に向かって廊下を直走った。
私がこんな暴挙に出たのには理由がある。見間違いでなかったら、窓の外からこちらに向かってくる光が小さく見えたのだ。きっと、アラン達、近衛隊の部隊がやって来たのだ。
味方がやって来る!
そんな期待から、そんな暴挙に出られたのだ。
本当のところ、あんな小さい光だけでは確かなことは分からない。
見間違いかもしれないし、そうでなくても、ロベルトの仲間が迎えに来たのかもしれない。
私は賭けに出たのだ。
下に降りる階段が見えた。そこを降りたらすぐ出口だ。
しかし、階下から黒ずくめの男が二人駆け上がってきた。
「逃がすな!」
私は立ち止まり、後ろを振り向いた。さっきの部屋から御者の男とロベルトが怒りの声を上げながら飛び出してきた。
私は咄嗟にすぐ傍の部屋の扉に飛び付いた。ノブを回すと鍵が掛かっていない。急いで部屋に入る。
「待て!」
男たちが迫って来る。間一髪、私は彼らの鼻っ面の前で乱暴に扉を閉め、鍵を掛けた。
「出てこい!! コラァ!!」
罵声と共に扉をバンバン叩く男たち。私はそれを無視して、部屋に置いてあるテーブルを引きずり、扉を塞いだ。そして、窓辺に駆け寄った。
窓を開け、暗くなった外を見る。遠くに見えていた光が大きくなっている。見間違いではなかった。もうすぐ到着するはず!
扉に目をやると、ガンガンッと凄まじい音と共に、ミシミシッと木が軋む音もする。今にも破られそうだ。
私は再び外に視線を戻すと、階下を見下ろした。
ここは2階。何とかしてここから降りることは出来ないか。私は必死に外の壁や周りを見渡した。足場になりそうなものはないか・・・?
しかし、そうしているうちに、とうとう扉が破られた。
バーンッと大きな音が響き渡り、扉の前に置いた机は倒された。同時に男たちが倒れた机を跨ぎ、部屋の中に入ってきた。
入ってい来た男たちを掻き分けるように、ロベルトが一歩前に出てきた。
「まさか、ここまで酷いじゃじゃ馬とは思わなかったよ、エリーゼ。悪いが、君みたいな女は婚約者にはできないな」
冷静ぶって軽口をたたいているが、腹の底は相当な怒りで満ちているようだ。目が異様なまでに吊り上がっている。
「追いかけっこは終わりだ。素直に来てもらおう」
「こんなにもご迷惑をお掛けしてしまったので、てっきり、ここで殺されると思っておりましたけれど。わたくしを生かしておくのですか?」
私も負けじと軽口を叩いてみせた。
「ここで殺すには惜しい人材だ。レオもいない今、君には人質として少しくらい役に立ってもらうよ」
ロベルトは手を挙げて部下に合図を送った。
部下が私に近づいてくる。私は彼らを睨みつけた。
「断固お断り申し上げます。人質となり、我が国王家、我が侯爵家に迷惑を掛けるくらいなら、この場で命を捨てます!」
そう言いながら、窓辺を突かむ手に力を込めた。
「ただ、お覚悟あそばせ。父はそれはそれはわたくしを溺愛しておりますの。わたくしが死んだとあれば、怒り狂うでしょう。きっと、ありとあらゆる手段を使って貴方様を、そして、貴方様の母君様のご実家を潰しに掛かるでしょうね」
「はっ! 誰がそんな脅しに臆するか!」
「脅し? まさか。忠告です」
私はニッと口角を上げて、ロベルトを見据えた。そして、窓辺に振り返り、そこから飛び降りようとした時だ。
目の前の窓に男の姿あった。
「早まるなっ! バカ!!」
私はその男に抱きしめられた。




