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「うぇーーーーんっ!! ごめんなちゃいーー! もうしませんーーー!!」
私の腕の中でビーッと派手に泣く幼児に、従業員たちは驚いて足を止めて、私たちを心配そうに見た。
「な、な・・・!」
大泣きするレオナルドに動揺する黒ずくめの男たち。
「まあ!! そんなに泣かないでちょうだい! パパだってもう怒っていないわぁ!!」
私もレオナルドに負けず劣らず大声で応戦した。そして、男に向かって可愛らしく首を傾げた。
「ねえ?! あなた?!」
「う・・・、あ、ああ、ああ! そうとも!」
男はワタワタしながら頷き、レオナルドの顔を覗き込んだ。
「お、怒っていないぞ~。大丈夫だから・・・ぐはっ!」
男の顔が近づいた途端、レオナルドは小さなその両手で男の両目を突いた。そして、男がよろけた瞬間に被っていたシルクハットを顔全体を覆うようにグイッと下に引っ張り、思いきり頭突きを食らわすと、ワゴンの方に突き飛ばした。
ガチャーンッと大きな音と共に男ワゴンに倒れ込み、上に並んでいた食器や食材が派手に廊下に散らばった。
「うわあ!」
従業員たちは驚いて叫び声を上げるが、私はレオナルドの流れるような仕草と、目の前の惨事に目を見張り、声も出なかった。
しかし、次に瞬間、もう一人の男が、
「このっ!!」
と声を荒げ、私の金髪を乱暴に掴かむと、力任せに引っ張った。
「うわっ!」
スポッといとも簡単にカツラが外れ、男はバランスを崩して後ろに尻もちを付いた。
「離せ! エリーゼ!」
レオナルドに言われ、私は彼を抱いている手を緩める。レオナルドは目潰されて悶絶している男の腹の上に向かって飛び降り、思いっきり踏みつけ、更にはシルクハットに埋もれている顔面をグーで殴りつけた。
「何をしている! うわっ!」
別の男の叫び声がする。見ると、この機に乗じて、ザガリーも自分の背後にいた男に抱き付き、そのまま床に倒れ込むと彼を押さえ込んでいた。
「くそ・・・! この女・・・!」
ハッとして振り返る。すると、尻もちを付いた男が、私から剥ぎ取った金髪のカツラを悔しそうに床にたたきつけ、立ち上がろうとした。
私はワゴンに駆け寄ると、寸胴の鍋に飛び付いた。私は力を振り絞ってその寸胴鍋を持ち上げると、立ち上がりかけた男に向かって中身のスープをぶちまけた。
「あちーーーーー!」
男は悲鳴を上げ、再び尻もちをついた。私は勢いに任せ、その男の頭に寸胴の鍋をズドンッと被せた。
「エリーゼ!」
振り向くと、レオナルドが私にお玉を二つ投げて寄こした。私はお玉を拾うと、それで寸胴の鍋の上からドラムを叩くかのように思いっきり連打した。
「ぎい~~~~~~!!」
男は声にならない悲鳴を上げ、床に倒れ込んだ。
私はトドメとばかり、最後に一発ガーンッと鳴らすとお玉を投げ捨てた。
「エリーゼ! 早く!」
差し伸べるレオナルドの手を取り、ザガリーに駆け寄る。
ザガリーの太った体の下で、男が必死にもがいている。
「ひっ!」
私は床にできた血だまりに悲鳴を上げた。血ザガリーの腹から流れているようだ。血だまりがどんどん大きくなる。
「い、急いで逃げてくだされ・・・! 私の体力も限界です・・・」
ザガリーは息が切れながら話す。
「ポケットに・・・、私の左のポケットに薬が・・・」
レオナルドは急いでザガリーの上着のポケットに手を入れた。
「これか?!」
取り出した小さな小瓶をザガリーに見せる。ザガリーは頷いた。
私たちは後ろを振り返った。
呆然としている従業員たち、倒れたワゴンと、散らばった食器に食材。倒れた男たち。まるでカオス。
そこを通ってロビーに戻ろうと思ったが、倒れた男たちがうめき声上げながら立ち上がり始めていた。
「こっちはダメだ! このまま外に逃げるぞ!」
「分かりました!」
私は頷くと、レオナルドを抱き上げて、裏口に向かって一直線に走り出した。




