73
黒ずくめの男二人に両脇に立たれ、膝の上に座っているレオナルドを抱ている手に力が籠った。
なんてことだ。ここは一流ホテルのロビー。上級階級の人々の目がある場所だったので油断した。
「部屋なら我々がご用意しております、ザガリー殿。どうぞ、そちらへお越しください」
ザガリーの背中に張り付くように立っている男が低い声でそう言った。ザガリーは怒りの表情をしたまま固まっている。動けないようだ。恐らく背中に刃物でも突き付けられているのだろう。
なぜ、容易に想像できるかと言うと、私も同じ状況だからだ。
左隣の男が私に、右隣の男がレオナルドに、私たちにだけ見えるように刃物をチラつかせている。
私だけに刃物が向けられているのならば、大怪我をしようとも、大声を上げて周りに助けを求めるのだが、レオナルドに刃物を突き付けられては、そうもいかない。
「さあ、お嬢様、お立ち下さい」
左隣の男に促され、私はレオナルドを抱いたまま立ち上がった。右の男が、レオナルドの衣類が入った包みを持った。
ザガリーを先頭に、ゆっくり歩きだす。男はピッタリとザガリーの背後に付き、彼を誘導している。その後ろに続く私の両隣にも、二人の男がピタッと寄り添っている。
成す術もなく、私たちは男たちに連れていかれるしかなかった。
☆彡
ロビーを出て、人気のいない廊下に出ると、
「どこへ連れて行くつもりだ?」
ザガリーが歩きながら真後ろの男に聞いた。しかし、男は答えない。私の両脇にいる男たちも黙ったままだ。
「答えない気か?」
ザガリーが食い下がるが、男たちはダンマリのまま。
「おい! ぐっ・・・!」
苛立ったザガリーは振り返ろうとしたが、男はザガリーの後ろ衿をグイッと引っ張った。
「お静かに」
「くる・・・し・・・」
後ろから喉を締め付けられる形になり、ザガリーがうめき声を上げた。
「止めろっ!!」
「お止めください!」
私とレオナルドは同時に叫んだ。途端に左右の男たちが私たちの首元に刃物を近づけた。冷たく光る刃先を見て、私は息を呑んだ。恐怖で一気に体温が下がる。
気が遠くなりそうになるのを必死に耐え、ギッと前の男を睨んだ。
「ザガリー様、無駄な質問はお止めなさいませ。この方たちについて行けば嫌でも分かるのですから、大人しくなさいませ」
私は必死に冷静を装った。私の言葉を聞いて、男はザガリーから乱暴に手を離した。
「ふっ。年寄りよりも小娘の方がずっと利口だな」
そう毒付くと、前屈みになり痛そうに首を摩っているザガリーの背中を刃物の柄で突き、歩くよう促した。
腕の中で、レオナルドは悔しそうに歯ぎしりをしている。
私は彼を宥めるようにギュッと強く抱きしめた。
(時間を稼がないと)
すぐにアランが来る。時間通りに来ないことを不審に思うはず。
何とかして、彼に私たちを見つけてもらわないといけない。
(どうすれば・・・。どうすればいいの・・・?)
亀のようにゆっくりと歩こうと試みる。しかし、上手くはいかない。
「早く歩け」
と、隣の男に促される。
言われるがままに歩を進める廊下の先はどこに続いているか・・・。目の前を歩くザガリーと男に遮られ、向かっている先が分からない。しかし、客室に続く廊下ではないことは、周りの壁の装飾が派手なものから無機質なものに変わったことで想像がついた。
もしかして、裏口に向かっているのか?
まずい・・・。このままではアランが到着する前に拉致されてしまう。
しかし、天は我々を見捨てていなかった。
その時、前の方から、ガラガラと何かを引いている音が近づいてきた。
数名のホテル従業員が大きなワゴンと押しながらこちらに向かってくる音だった。
急げとか、ゆっくりとか正反対なことを言い合いながら、二台のワゴンが連なってこちらに向かってくる。よく見るとそのワゴンには大量の料理が並んでいた。
従業員たちは明らかに外部の人間である我々を見ても、あまり動揺はしていない。ホテルの客や取引先がここまで入り込むことはよくあることなのか、慣れたように、ワゴンをできるだけ廊下の端に寄せ、我々の横を通り過ぎようとした。
従業員たちとすれ違う時だ。
「うぇーーーーんっ!!! パパァ! ごめんなちゃーーいっ!!」
レオナルドが有り得ないほど大きな声で泣き始めた。