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ザガリーからの手紙には、薬が出来上がったことと、それを手渡す日時と場所が書かれていた。


日時は今日の正午。場所は六区にある高級ホテル、グランホテルのロビー。

変装をしているので、目印として真っ赤な手袋を身に付けているが、そんな人物を見かけても、決して自ら近寄ることはせず、向こうから声を掛けるまで待つこと。

薬を服用した際に禁断症状が出てしまった場合に備え、持ち帰ることはせずにホテルの一室を借りる。そこで服用し、しばらく様子を見るとのこと。


二人で息を殺して、ジッと手紙を見入る。

書かれてはいないが、この手紙もきっと五分後には文字が消えてしまうだろう。忘れないように、何度も何度も読み返す。

案の定、暫くしたら、サーッと音を立てるように文字が消えていった。


「やっと、元に戻れる・・・」


レオナルドが白紙の手紙を見つめたまま小さく呟いた声に、私は、やっと、はぁ~と息を吐いた。


「本当に・・・本当によろしゅうございました・・・。一時はどうなるかと・・・」


安堵から、私は両手で自分の顔を覆った。


「エリーゼ・・・」


隣でレオナルドが囁くように呼んだので、顔から手を離して彼に振り向いた。

目が合うと、レオナルドはすぐに目を伏せた。


「そ、その・・・、世話になったな。えっと、まあ、お陰で助かった・・・」


モジモジと恥ずかしそうに礼を言う仕草は、二歳児の姿であるから可愛らしいわけで、これが本当の姿で言われたことを想像すると、どうにも消化不良だ。まあ、これが、素直になりきれないこの男の限界か。


「どうして、スパッと潔く『どうもありがとうっ!!』っておっしゃれないのかしら?」


私は目を細めて見返した。


「う・・・っ」


下唇をグッと噛み、顔を真っ赤にして私を見るレオナルド。じっと見つめ返していると、噛み締めていた口元が動き出したが、なかなか言葉を発しない。

私はそんなレオナルドの頭をそっと撫でた。


「はいはい、もういいですわ。お礼はお言葉より物質的なものを期待することにします。間違っても、この恩を仇でお返しにならないでくださいませね」


そう言って立ち上がった。


「さあ、準備をしなければ! アラン様にもグランホテルに来ていただくようにお手紙を出しましょう。警護して頂かないと不安だわ」


クルリと向きを変え、机に向かった時、


「ありがとうっ!! エリーゼっ!!」


背後から大きな声がした。驚いて振り向くと、レオナルドが仁王立ちしてふんぞり返っている。その顔は真っ赤だ。思わず、顔が緩む。


「ふふ、どういたしまして」


ニッと笑った私を見て、レオナルドはまた目を逸らし、モジモジし始めた。


「えっと・・・、それから・・・その・・・」


「?」


「えっと、なんだ、その・・・。な?」


「は?」


私が首を傾げていると、レオナルドは益々モジモジする。


「えっと・・・あの時の事だが・・・」


「あの時? あの時ってどの時?」


「だから、あの時! あのやか・・・」


丁度、その時、扉をノックする音が聞こえ、レオナルドの言葉は遮られた。


「お嬢様! マイケル様の出発のご準備が整いました。お見送りを!」


廊下からパトリシアの声がする。


「すぐ行くわ! さあ、殿下も一緒にマイケルをお見送りしてくださいな」


私はレオナルドに手を差し出した。


「・・・分かった・・・」


レオナルドは小声で頷くと、私の手を取った。

そして、廊下に出ると、パトリシアに促され、マイケルの待つエントランスに向かった。



☆彡



マイケルを見送ってからは慌ただしかった。


まずは、急いでアラン宛に手紙を書き、トミーに託した。トミーが戻って来るまでに、身支度を整える。


「いつもより酷くないか・・・?」


鏡に映るゴテゴテに飾られた自分の姿を見て、レオナルドは呆れたようにボソッと呟いた。

最後の女装ということで、ついつい力み(遊び?)過ぎてしまった。


「いいじゃないですか! ある意味、今日は人生の門出ですわよ。可愛く着飾って気分を上げていきましょう! とってもお似合いですわ!!」


ファンシーな出来栄えに大いに満足している私は、レオナルドに向かって親指を立てた。


「さてと・・・」


私は衣装棚から隠していたレオナルドの衣類をまとめた包みを取り出した。

そこにパトリシアが、トミーが邸に戻り、馬車の準備が整ったと伝えに来た。


「やっと、お母様に会えるんですね! 良かったでちゅね~、ミランダちゃん」


母親が実家から戻って来たと信じているパトリシアは、中腰になってレオナルドに笑顔を向けた。


「でも、帰っちゃうと寂しくなってしまいますねぇ、お嬢様」


今度は私に向かってそんなことを言う。不意を突かれて、私は言葉に詰まってしまった。

何も言わない私に、パトリシアは図星と思ったようだ。慌てて立ち上がると、


「そんな! お嬢様、元気を出してください! お友達のお子様ですもの! いつでも会えますよ!」


そう慰めた。


「そう・・・かしら・・・?」


「そうですよ! ねー? ミランダちゃん? また、遊びに来て下さいねー!」


パトリシアにそう言われ、レオナルドも困った表情をした。

そりゃ、返答に困るだろう。婚約者でも何でもない女の家なんて、もう来ることはないのだから。


なのに―――。


レオナルドはパトリシアに向かって頷いていた。


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