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翌朝、私の目覚めは非常に悪かった。なぜなら、明け方近くまで眠れなかったからだ。
原因は、レオナルドに仕返しを受けたこと。まさか、やり返されるとは思わなかったのだ。
そして、何より一番悔しいことは、不覚にもそれに動揺してしまったこと。
こんなに寝不足になるほどに・・・。
ムクリと起き上がると、ベビーベッドの方を見た。寝不足の元凶はまだ起きていない。
私は長く溜息を付くと、ベッドから這い出た。
いつもの朝のようにパトリシアを呼び、自分の支度を終える。
その後、レオナルドを私が着替えさせるのだが、どことなくぎごちない。
私もレオナルドも目を合わせることなく、テキパキと着替える。
毎朝、「おっきしましょうねぇ~」だとか「着替えまちゅよ~」などと幼児言葉を投げかけ、(小馬鹿にしながら)着替えさせるのだが、何故か、今日はそんなゆとりがない。
無言でチャッチャと着替え終えた様子に、パトリシアは、
「あら、今日は大人しいですねぇ。お嬢様も着替えさせるのがお上手になりましたね!」
呑気にそんなことを言う。
私たちの間に妙に気まずい空気が漂っていることなど、全く気が付かないようだ。
彼女は私たちをさっさとダイニングに向かうように促した。
いつもなら、レオナルドを抱くか手を引いて向かうのだが、どちらも躊躇してしまった。
私は黙って一人歩き出すと、チョコチョコとレオナルドが後から付いて来る。
廊下に出た時、レオナルドが無言で私の手を掴んだ。
「!」
私は驚いてレオナルドを見ると、彼はチラッと私を見た後、プイッとそっぽを向いた。しかし、彼の小さな手は私の指をしっかり握りしめた。
私も彼の手をしっかりと握った。
いつものように手を引いてダイニングに向かう。
ただ、いつもと違うのは、私が彼の手を引いているのではなく、お互いしっかりと手を繋いでいるということ。
思えば、昨日からそうだった気がする・・・。
その事実に気が付き、どことなく胸が早打ちし始めた。
☆彡
朝食は母だけではなく、マイケルもいたので賑やかだった。
お陰で、私とレオナルドの間に流れていた気まずい空気は薄まったのだが、別の空気が流れることになった。
レオナルドを挟むように私とマイケルが席に着いたのだが、マイケルと私が仲良くおしゃべりしていると、レオナルドが私の腕を引っ張り、「あ」と大きく口を開ける。仕方なく、マイケルとの会話を中断し、レオナルドの口に食事を運ぶ。
これを繰り返しているうちに、私も若干苛立ち始めた。
よく考えたら、レオナルドの右手はもう痛みは消えているはずで、一人で食事もできるはずなのだ。
訝しんでいるところに、母が盛大に暴露した。
「あらあら、昨日のお夕食は良い子に一人で食べられたのに、エリーゼママがいると甘えちゃうのね~、ミランダちゃんは~」
母に蕩けるような笑顔で爆弾を落とされ、レオナルドはカチンと固まった。気まずそうな顔でチラッと私を見た。
「まあ! そうだったのね! 甘えんぼさんね、ミランダちゃん。でも、いいわ。食べさせてあげましてよ。さ、どうぞ」
私はフォークでニンジンをグサッと刺して、彼の口に近づけた。途端に彼は渋い顔をした。
「あら! 今日はニンジンも食べるのね! 偉いわ! ミランダちゃん!」
母が間髪を入れずに褒め称える。
「わあ、偉いなあ。僕、ニンジンが食べられるようになったのは最近です。寄宿舎では食事を残すことは厳禁なので」
マイケルも一緒になって褒める。私はにっこりと笑って、レオナルドの口にニンジンを近づけた。
レオナルドは渋々口を開ける。私はその口にニンジンを押し込む。
「偉いでちゅわ~~。ミランダちゃん!」
私を睨みながらモグモグ食べるレオナルドの頭を撫でた。
〔覚えてろよ・・・、エリーゼ〕
小声で呟くレオナルド。ニッと笑う私。
いつの間にか、私たちの間に流れていた気まずい空気は、いつもの空気に戻っていた。
☆彡
部屋に戻ると、パトリシアが待っていた。
「お嬢様。お手紙です」
手紙を受け取り、差出人を見るが、何も書いていない。
パトリシアを見ると、彼女は首を振った。
「使いの者はおりません。これって、例の家の・・・?」
「そうね。ありがとう。下がっていいわ」
パトリシアを下がらせると、私のスカートの裾に噛り付くように見上げているレオナルドに手紙を差し出した。
「恐らく、ザガリー様からですわ」
レオナルドは頷くと無言で受け取った。そして、乱暴に開封し、バッと手紙を広げた。
私は隣にしゃがみ、一緒にその手紙を覗き込んだ。
そこには、やっと薬が出来たという内容が書かれていた。




