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「ところで、こちらの小さい女の子は?」
マイケルは私の隣に座っているレオナルドを見て尋ねた。
「ああ、この子? この子は・・・」
「この子はエリーゼのお友達のお嬢様で、ミランダちゃんというのよ。可愛いでしょう?!」
ここも私よりも先に母が弾んだ調子で答える。
「お姉様のお友達?」
「ちょっと事情がお有りのようで、今だけエリーゼが預かっているのよ。貴方もご挨拶なさい。はい~、ミランダちゃん~~、いらっしゃ~い」
母はそう言うと、私たちの傍にやって来て、レオナルド抱き上げた。
レオナルドは不審そうな顔をしている。嫌な予感でもしているのか?
果たして、その嫌な予感は当たった。
「ほら、マイケル」
母はマイケルにレオナルドを渡した。マイケルは驚いたようだが、満面な笑みの母の手前、拒絶することもできず、レオナルドを受け取った。
レオナルドは半目の顔で私の方に振り向いた。
〔え・が・お!〕
私は人差し指で自分の口角を上げて見せる。レオナルドは渋々小さく頷くと、パアッと花の咲いたような笑顔をマイケルに向けた。
「わあ、可愛い子ですね! よろしく! ミランダ嬢」
マイケルはレオナルドの手を取ると、その甲にチュッとキスをした。
レオナルドの髪が一瞬総毛立って見えたのは気のせいか?
私は可笑しくって、下を向いて笑いを堪えるのに必死だった。
☆彡
夕方からマイケルと出かけることが決まったので、それまでは母が彼を独占することになり、二人揃って庭園へ散歩に出かけた。
「弟と二人だけでオペラ座へ行くのか?」
私の部屋に戻り、二人きりになった途端、レオナルドは少し不機嫌な様子で私に話しかけてきた。
「うーん、こればかりは仕方がありませんわね・・・。殿下を一人残していくのは不安なので、本当はお連れしたいところだけれど、マイケルと一緒なのでわたくしは変装するわけにはいきませんし・・・」
私は首を捻った。
「このわたくしが幼児を連れているところを黒幕に見られたら、確実に疑われそうではありませんか? いくらミランダちゃんのお姿であっても」
「そうだが・・・」
レオナルドは渋い顔をしたままだ。
「しかも、オペラ座。そもそも幼児は入場できません」
「だったら、行かなくたって・・・」
不貞腐れたようにレオナルドは目を伏せた。
「何をおっしゃっているの。マイケルは貴重なお休みを、誰かさんのせいで憔悴しきっている姉を心配してわざわざ帰って来てくれたのですよ? その親切を無にするわけにはいきません」
「実際は憔悴なんてしていないのに・・・」
ブツブツ呟くレオナルド。しつこいな。
「パトリシアに世話をさせますから、良い子にお留守番なさっていてくださいませ。よろしいですわね?」
気に入らないのか、レオナルドはフイッと顔を背けたが、
「・・・早く帰るんだぞ」
蚊の鳴くような声でそう言った。
☆彡
昼食後、やっと母に解放されたのか、マイケルが私の部屋にやって来た。
「お姉様。本当に大丈夫ですか?」
部屋に入るなり、神妙な顔で私を見る。
「元気そうにされていますけど、本当はお辛いのじゃないかって・・・。僕、心配で・・・」
弟のマイケルは容姿も中身も母譲り。容姿だけ母親似で、中身は父親似の私のような腹黒さは持っておらず、とても純粋だ。
私はマイケルの手を引き、ソファに座らせると、そのまま隣に腰かけた。
「ありがとう、マイケル。わたくしが婚約破棄なんて驚いたでしょう? ごめんなさいね、心配をかけて。でも、わたくしは本当に大丈夫なのよ」
「でも・・・」
「それは、もちろん驚きはしたけれど。でも、殿下とは上手くいっていなかったのだから仕方がないわ」
「だからって!!」
マイケルは声を荒げた。
「あんな、あんな夜会の場で! 大勢の人の前で婚約破棄を言い渡すなんて! レオナルド殿下は酷過ぎます! お姉様が笑いものにして楽しんでいるとしか思えない!」
マイケルは私の両手をギュッと握り、ギリッと歯を喰いしばった。
「僕が・・・、僕がその場にいたら・・・、お姉様をお守りできたのに・・・」
うーん、その場にいなかったのだから、その時の雰囲気まで知らないのは仕方がない。実際は、私が畳みかけたせいで、レオナルドは引くに引けなくなったというのが正解なのだが・・・。
まあ、それでも、あの場で婚約破棄を言い放てば、その後、破棄された婚約者が笑いものになるのは至極当然。まともな人間なら一秒も考えずとも分かるはず。それを怠ったのは確かにレオナルドだ。
しかし、本当のところ、私が確信犯だと知ったら、この可愛い弟は姉をどう思うだろう?




