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「エリーゼのキャラメルソースのクレープも味見したい!」
「いいですけど、一番良いところをピンポイントで召し上がらないでくださいませね! 昨日なんて、一番大きな苺を食べちゃって。わたくしのクレープだったのに」
「お前だって、俺のドーナツに乗っていた飾りのチョコレートを食べちゃったじゃないか!」
「あ、あれは、つい・・・魅かれて・・・って、ちょっと、殿下! あー! そこ、一番メインのところ!」
「美味っ!」
「ちょっとぉ! そっちのカップケーキをお寄こし!! 食べてやりますわっ!!」
串焼きを食べ終え、デザートを食べている間も、ライナスは串焼きを持ったまま、ポカンと私たちを見ていた。
「あら? ライナス様、まだ、召し上がっていらっしゃらないの?」
テーブルを挟んで向かいに座って呆けているライナスに気が付いて、私は声を掛けた。
「どうした? ライナス? 美味いぞ?」
「もしかして、お口に合わなかったでしょうか?」
「え・・・? あ! い、いえ!」
私たちの問いかけに、ライナスはハッとしたような顔をすると、ブルブルッと頭を振った。
「いつものお二人の様子と、かけ離れていて・・・、その、驚いて・・・」
ボソボソと呟くように言うライナスに、レオナルドはキョトンと首を傾げた。
「え? こいつは昔から食い意地張っているぞ?」
「ちょっと、殿下! 失礼ですわね! 甘いものが大好きですなだけですわ!」
「子供の時だって、俺の分の菓子を全部食べたり・・・」
「あれは、殿下に意地悪をされた時だけだったでしょう?! 仕返しです、仕返し! 真に受けないで下さいませ、ライナス様!」
ライナスは、私たちの言い合いを無言で見ていたが、思い出したように手元の串焼きに目を向けると、やおらムシャムシャと食べ出した。どこか、拗ねている様に見えないでもない。
「ライナス様・・・、お口に合わないのに無理しているのかしら・・・?」
「さあな」
レオナルドはさして気にする様子もなく、カップケーキを頬張る。カップケーキを飾ったクリームが鼻の頭に付いていることも気が付かずにモグモグ頬張る姿に、思わず、小さく噴き出した。
二歳児の女の子の姿だから、可愛げがあるのだ。本当のレオナルドの姿でやられたら、ドン引きしているのだろう。
きっと・・・。多分・・・。
☆彡
食事を終えた後、ライナスとはここで別れることになった。
ライナスは私より先にレオナルドを馬車に乗せ、次に私が乗り込む時、紳士的に手を差し出した。私はその手を取り、ステップを上ろうとした時、
「ふんっ、ずいぶん点数稼ぎをしたものだ。今更足掻いたところで、殿下のお心は戻らないと思うが。まあ、せいぜい頑張るんだな」
ライナスは私の耳元で皮肉たっぷりにそう囁いてきた。
私はピキッとこめかみに青筋が立ったが、無理やり笑みを作って彼を見た。
「まあ、わたくしを応援して下さるの?」
「は?」
「お優しいのね、ライナス様。でも、余計なお世話です。そんなことをおっしゃっている暇がありましたら、一つでも多く情報を掴んでくださいませ。わたくしがお聞きしたいのは、嫌味でなく情報ですので」
「なっ!」
「護衛ご苦労様。では、さようなら。お気を付けてお帰りくださいませ」
私はパシッと彼の手を振り払うと、馬車に乗り込んだ。
苛立ちから、少し乱暴にドスンッと椅子に腰かけると、隣のレオナルドが驚いたように顔を上げた。
「どうした?」
「いいえ。別に」
私はスンッと答えた。レオナルドには私たちの会話が聞こえていないのだから仕方がないが、キョトンと不思議そうに首を傾げる姿に、さらに苛立ちが増す。
「なあ、エリーゼ! さっきの広場に焼き栗があったのを見たか?」
「焼き栗?」
「ああ! もうそんな季節だな! 今度は焼き栗を買おう! 食べた事ないだろう? きっと美味いぞ!」
レオナルドは私の不機嫌さに気が付かないのか、弾んだ様子で話す。
「ホント・・・おめでたい人・・・」
私は小さく溜息を付いた。しかし、すぐフルフルッと頭を振ると、
「そうですわね、今度は焼き栗を食べてみましょう」
私は頷いて見せた。そんな私を見て、レオナルドは満足そうに笑った。
今度・・・。
その「今度」はいつまで続くのだろう?
レオナルドが子供になってもう一週間は経つ。ザガリーの薬だってそろそろできるだろう。一ヶ月なんてきっとかからないはずだ。
私はチラッとレオナルドを見た。
彼は穏やかな顔をして外の景色を眺めていた。
さっきのライナスの暴言が聞こえていたら、この人は、また私を庇ってくれたのだろうか?
私はボーッとそんなことを考えながら、可愛らしい女の子の横顔を見つめていた。




