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「やはり、ミランダと俺が飲んだ薬は違ったのだな。ミランダが飲んだ薬は只の媚薬だったか・・・」
「そのようです。今回の猥褻事件について再度聞き取りと称してウィンター家を訪ねました。その時に自ら媚薬を飲んだことは認めました。しかし、殿下とのお茶を終えた後のことだと。バーディーの息子を相手にするために飲んだと証言しました。殿下の失踪に関しては何も分からないと言い張っています。それどころか、自分が殿下を裏切ったことにショックを受けて、雲隠れしたのではないかとまで言う始末です」
「あら、まあ・・・」
「・・・」
「魔が差したのだと言っていました。殿下にそこまで愛されていると気が付かずに、本当に申し訳ないことをしたと涙を流していましたよ。まったく、白々しい・・・」
アランは呆れたように溜息を付いた。
「そこまで愛してらしたの? 残念でしたわね」
「だから、違うって言ってるだろぉ!!」
「それにしても、浅はかな人ね、ミランダ様って。殿下が元に戻ってお城にお戻りになれば、薬を盛った事などすぐにばれてしまうのに」
私も溜息を漏らすと、
「と言うよりも、簡単に殿下が戻って来られないことをご存じということなのでは?」
アランが厳しい顔で私を見た。
私はハッとして、思わずレオナルドを見た。彼もとても渋い顔をしている。
「そうですわよね・・・。殿下が小さくなっていることを知っているのだわ、きっと」
「恐らく。まさか逃げられるとは思っていなかったのでしょう。今、ウィンターは誰よりも早く殿下を探し出しそうと躍起になっていると思われます。子供の殿下を保護し、上手く懐柔するつもりでしょう。ミランダ嬢も、殿下が戻ってきたら、今度こそ誠心誠意お仕えするなどとほざいておりましたから。失脚した分際で何を抜かしているのだか・・・」
紳士なアランが、最後の方は口が悪くなっている・・・。
「ご自身なら殿下を籠絡できるって、余程自信がおありなのね、ミランダ様は。そのポジティブ思考、返って羨ましいですわ。ね? 殿下?」
「あ?! 言っておくけどな、俺は元々籠絡なんてされてないぞ!! 気を許したフリをしていただけなんだからな!」
レオナルドはキッと私に振り返った。
「そのフリが彼女の自信を助長していたのですわよ? 誰が見ても、殿下もミランダ様のことをお慕いしている様に見えたと思いますわ。ねえ? アラン様?」
「はい・・・。私もてっきり殿下のお心は彼女にあると・・・」
アランも申し訳なさそうに頭を掻いた。
「だ、だから! 逆を言えば、それだけ俺の演技が完璧だったってことじゃないか! 側近のアランだって騙されるほどにな!」
レオナルドは怒ったようにフンッと大げさにそっぽを向いた。
「それは・・・、普段から殿下とエリーゼ様の仲があまりよろしくなかったから・・・。それもあって・・・」
アランは独り言のように小さく呟いた。
「敵を騙すのはまず味方からだ! よく言うだろう?!」
「味方しか騙していないじゃないですか? 先に敵の罠に嵌ってしまって」
「う・・・」
「下手したら、殿下自身がウィンター家の野望を知った上で手を組んだと思われても仕方がないのですよ?」
「くっ・・・、それはっ!」
「まあまあ、エリーゼ様! それについては、唯一、ライナス様だけは殿下のご意向をご存じだったようですから。味方だけ騙していたわけではないですよ! 私はすっかり騙されましたが、それは私の目が節穴だということですっ。私が未熟者だった証拠ですっ」
アランがアタフタとフォローする。
ある意味、彼の目の節穴は合っているかも・・・。私の変装が分からなかったくらいだもの。
「それに、ライナス様は、今回の事件で殿下は非常にお怒りだという噂を故意に流しました。ミランダ嬢には失望し、完全に縁は切るともっぱらの噂となっております。これは殿下の演技があってこそですから!」
「・・・その噂を流したのはライナスか・・・」
「はい。ミランダ嬢が如何に努力しようが世論的に返り咲くことができぬよう、下地を作り、彼女を妃にしたいというウィンター家の陰謀の一つを潰すためです」
アランは悪びれることなく大きく頷いた。
「まあ、それを覆すにはウィンター家は大変ね・・・。是が非でも、殿下を一早く確保したいでしょうね」
私の言葉に、アランは再度頷く。
「しかし、これにより、レベッカ嬢の立場が一気に上昇しました。殿下にとって不本意とは思いますが、クロウ伯爵は娘にかなりの期待を寄せております。現時点でクロウ伯爵は殿下の失踪の理由は知らず、薬の件も一切絡んでいないことは分かりました。ウィンター家の自爆を好機と捉え、彼らも我先に殿下を保護しよう躍起になっています」
「人気者ですわね、殿下」
私は膝の上に座っているレオナルドの顔を後ろから覗き込んだ。
ムスッとした顔でチラッと私を見ると、ツンッとそっぽを向いた。




